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【報告】FFPJ第28回講座:陸上養殖は漁業と農山村を救うか?

· イベント

家族農林漁業プラットフォーム・ジャパン(FFPJ)連続講座第28回「陸上養殖は漁業と農山村を救うか?」が2月16日(金)に行われました。講師は鹿児島大学水産学部教授の佐野雅昭さん。乱獲による水産資源の減少や地球温暖化による漁獲量の減少などへの救世主として注目される魚の陸上養殖についてとりあげ、その問題点を明らかにするとともに、真に持続可能な漁業のあり方について語りました。以下は、佐野さんの講義の概要になります(資料はこちらからダウンロードできます)。

ただいまご紹介いただきました鹿児島大学水産学部の佐野でございます。さっそく始めさせていただきたいと思います。50分ほど時間をいただきまして、陸上養殖について話せというリクエストでございましたので、そこを中心にお話をしていきたいと思いますけれども、なるべく色々幅広く食料問題、私自身も食料問題にたいへん興味を持っておりまして、普段から勉強もさせていただいていることもありまして、そういう文脈で陸上養殖について理解を深めていければというふうに思っております。

*自己紹介

初めに自己紹介をさせていただきます。私は、大学は法学部なんですね。卒業したあと富士銀行、今のみずほ銀行ですね、そこに入ったんですが、銀行員が合わず、どうしても魚のことが勉強したくて東京水産大学、今の東京海洋大学の修士課程にもぐりこみまして、そのあと農林水産省、水産庁の方に入りまして4年間、国で働いておりました。その後、東京水産大学の助手を7年間やりまして、2001年から鹿児島大学に赴任をして、23年が経ったというところでございます。

で、水産経済学というものをずっと勉強をさせていただいておりまして、漁業経済学会という学会があるんですが、そこの会長を今、5年ぐらいになるんですかね、やらせていただいております。国にも居ましたので、色々今、国の中の仕事もやらせていただいておりまして、あとでちょっと出てくるんですけれども、内閣府にSIP3(戦略的イノベーション創造プログラム第3期)というのがありまして、そこの水産の方のディレクターとかですね、それから水産庁の養殖関係の様々な政策の決定とかですね、それの推進のようなところで仕事をさせていただいております。

そんなこんなでですね、私は養殖、特にサーモンなんかを専門に勉強もしてきておりまして、最近皆さんもよくメディアで見ると思うんですが、色んなサーモン養殖の話とかですね、そんなのがありますとメディアとかに呼び出されて、色々話せと言われております。私は本当に水産業が大好きで、特に養殖を研究しているんですけれども、実は養殖じゃなくて漁船漁業が大好きです。養殖も好きなんですけれども、養殖は好きというよりも、仕方がないと言うんですかね、これは必要だということで取り組んでいるんですが、産業としては漁業、漁業というのは素晴らしいものだなと本当にもうこの40年ぐらいずっとそう思い続けて今に至っております。そういう漁業の良さをとにかく何とか社会に分かってもらおうと思ってですね、恥を忍んで色んなところで話をさせていただいておりますし、また漁業法改正のような場でもですね、国会とか自民党の部会とかですね、そのあたりでも色々お話をさせていただいて私なりに水産政策批判というのを繰り広げてきております。で、一番右端に新潮新書で、宣伝なんですけれども、これは2015年に出した本ですが(『日本人が知らない漁業の大問題』)、こういうものも出していただいて啓蒙に努めているというところでございます。そういうことで少しでも水産業、あるいは養殖業の実態を理解していただいて、我々の食生活を良くしていくということに役立てていただきたいということで、今回もそういう趣旨を踏まえましてお引き受けをした次第でございます。

*グローバリゼーションと資本主義化の進展が我々の「食」と「暮らし」に何をもたらすのか?

これは私がずっと35年ぐらい、水産業の研究を始めてから一貫して持ち続けているテーマです。グローバリゼーションと資本主義化の進展は我々が逃れようのないひじょうに強い社会のシステムですが、これが否応なしに無意識のうちに我々の生活を支配しているわけですね。これがいったい何を引き起こすのか、ということに興味を持ってと言いますか、関心を持って、危機感を持ってきました。特に近年、情報通信テクノロジーが急速に進むことで、この資本主義化、グローバリゼーションというものが急速に加速したというふうに感じております。結果、我々は豊かになったのか、特に食生活がより良いものになったのかと問われると、まったくそうは思わないというのが、私の率直な感想です。そういった時代の流れ、社会の動きにどう対抗していくのか、そういったものに流されないで、どうやって我々の食を守るのかっていうことが私の大きなテーマでございます。このあたりがもしかしたら皆さまと共有できているのではないかなというふうに思っております。

今日はざっとこういう流れでお話をしていきますが、初めの方は皆さんの方が普段からよく勉強しておられることだと思いますので、ただこういう文脈のもとでこの閉鎖循環式陸上養殖というものを理解する必要がありますので、少し触れさせていただきたいと思います。そのあと養殖、そして陸上養殖の話と進んでいきたいと思います。

 

1.世界の食料問題と日本における食料安全保障の課題

*世界の食料危機

皆さんもよくご存じだと思いますが食料、食料問題が深刻になってきているわけですね。今、だいたい世界人口の1割程度が栄養不足であり、8億人程度が飢餓レベルというふうに言われております。それはアフリカ中心で、アフリカの問題というふうに捉えられているわけですね。穀物の需給量は近年だいたいバランスして進んできたわけです。ただこのバランスというのはやっぱりGM作物の増産、単収の増大によって拡大をしてきた面がたいへん強いと思っております。

ところが2022年、ロシアのウクライナ侵攻というものがありまして、穀物の需給、供給が減り、需要も減らざるを得ないということで近年、ガクッと右肩下がりになったというところなんですね。まだまだ人口は増えますので、このような状況のまま、世界の穀物生産が弱っていくとですね、やっぱり飢餓というものが、アフリカから全世界に拡大する、深刻化する可能性があります。

これはFAOが出している資料ですが、食料価格指標は2022年、史上最高値を記録しております。足りないから値段がどんどん上がっているわけですね。その一方で気候変動の問題なんですが、これは日本の夏の平均気温を示しておりますけれども、確実にやはり平均気温は上ってきていると。今年もひじょうに暖冬でですね、鹿児島は平日の最高気温が今、20度近くあります。冗談抜きで学生はTシャツ1枚がいっぱい居るんですよ、この時期に。

これはWWFジャパンが示している温暖化の危機感を示す指標ですけれども、今、このBのレベルにだいたいあると言われていますよね。このあと世界気温がどんどん上がっていくと、要するに食料がつくれなくなる地域が増えていく可能性があるということですね。もちろんアラスカとかシベリアの農地化というのが進む可能性があるので、先進国にとってはむしろ温暖化は食料生産の拡大につながると思いますけれども、アフリカ等ではさらに深刻になっていくんでしょう。この気候変動というのが食料供給に及ぼす影響というのは、評価が難しいですけれども、ひじょうに不確定なリスクをもたらすというふうに考えられます。

*穀物価格の高騰が発生する構造=飢餓発生のメカニズム

ともあれ今、ひじょうに穀物価格が高騰をしております。左の枠の緑の方は、需要拡大の要因なんですよね。人口が増えて、需要が拡大している。一方で経済発展をし、途上国も多くの食料を要求するようになってきました。それから馬鹿にならないのが燃料利用ですね。バイオディーゼルとかバイオエタノール生産に大豆やトウモロコシが使われていくと。このようなことで需要が右肩上がりで拡大をしている一方で、右のオレンジの方に見るように、供給は停滞をする。あるいはもしかしたら縮小するかもしれない。耕地が限界であると。単収も停滞しています。そこに気候変動や病害が加わって、この先、穀物生産を増やせるのかというと、このようにネガティブなんですよね。

そういう状況に加えて、ロシア・ウクライナ戦争が起こったということで、世界全体で見ると食料が足りないということで、色々な国が自給を優先する。禁輸措置をかけている国は今ひじょうに多くなってきました。世界全体の穀物の貿易量が縮小するということですね。こういう状況に目を付けたのが投機マネーですよね。今、金融市場が軟化して、どの国でもジャブジャブジャブジャブと近年まで金融緩和をしてきました。日本なんてまだまだ異次元の金融緩和をやっているわけですけれども、お金が余って仕方がないと。そういう余剰資金が穀物の先物市場にどんどん流れ込んでいって、穀物への投機、もっと値上がりするんじゃないかという思惑で投機されていると。そんなことで穀物価格がどんどん上がって、途上国にも食料がさらに行きわたりづらい状況になってきていると思います。

で、まだまだ人口は増えるわけですね。2050年には食料が今の1.6倍、穀物が1.7倍、必要になると言われております。誰がどうやって作るんですか。陸上の農畜産業は増産できるんでしょうか。農業はこれ以上、増産できるんでしょうか。それから貿易で今のように自由に買えるんでしょうか。あるいは日本が国際市場から食料を買えるだけの豊かさを維持できていくのでしょうか、2050年に。もしできなければ、日本の食料はどうなるのか。そのとき水産業はどうあるべきか、ということを私は常に考えています。

*我が国と諸外国の食料自給率

これは食料自給率ですけれども、公称38%、カロリーベースで38%あると。これでも先進国最低レベルなわけですよね。この38%というのは実はかなり甘い数字だということは皆さんもよくご存じだと思います。これは東京大学の鈴木先生が試算された数値ですけれども、タネとエサ、これは輸入しているわけなんで、Bのところが自給率なんですよね。飼料と種子、これの自給率です。こういったものが入ってこないとなると、実力的に言うと、一番右端のオレンジのカラムのところが、鈴木先生が試算するところの2035年の日本の自給率の実力です。さらに言うと、この数字には化学肥料原料がほぼ100%輸入だということも加味されていない。これでもまだ甘い評価になります。

結局、ざっくり言うと、もし輸入がすべて止まれば、1割しか食料は自給できません。日本の農業は壊滅します。コメも壊滅しますよね、輸入が止まれば。そもそも国土が狭くて農地が狭い日本で、1億人も養っていくことは現実問題、無理ですよ。特にタンパク質が不足します。農業というのは開発と生産拡大を行なえば行なうほど気候変動要因を生み出してしまう。農業自体の存続可能性を破壊するというジレンマを持っておりまして、農業を増やすことは環境を破壊することにすぐつながってしまう。これ以上、それは先ほどの温暖化というものを勘案すると、まあ、これは色んな意見があると思いますが、なかなか難しいですよ。食料危機は確実に日本でも起こるというふうに私は考えております。

*食料自給力の指標の食事メニュー例

農林水産省がありがたいことに、100%自給でやったら、これで行けますよって言ってくれているのがこの提案で、ジャガイモをおかずにサツマイモを主食にするみたいな絵が描かれておりまして、本当に輸入を停止するとですね、イモを主食化しないとカロリーが賄えないですね。農畜産業はまったく維持できません。卵は月に1個しか食べられない。そういう状況になります。これが先進国の食事でしょうかっていうことなんですね。

海外に依存していては国民の命が守れない時代が来つつあります。特に中国、ロシアという国との関係が今、ひじょうに悪くなってきておりまして、特に中国の台湾進攻のようなものが、もし万一起こったとすれば、相当、これは日本の農業生産は影響を受けます。いきなり食料が足りなくなる状況になりますね。そういう状況の中、水産っていうのを見直す必要があるわけです。水産物は自給率が高い、もっと高くできます。特にひじょうに質の高いタンパク質を供給できますし、健康機能性も高いということと、環境負荷が農畜産物に比べるとひじょうに低い。環境を作り変えずに永遠に質の高いタンパク質を供給できる。これをもう一回見直して、しっかりとそれを評価する社会にしていこう。それを選択的に食べる。肉ではなく、魚を食べる消費者をつくり出していく。これが日本の安全保障政策の一つの大きな柱になるべきだと考えております。

*SIP3プロジェクトが提案するこれからの食料生産

私は先ほど言いましたが、内閣府の方で、20年後30年後の食料を考えるっていうようなプロジェクトに参画させていただいているんですけれども、そこでは今、大きくこのような絵を描いておりまして、まず左の方の矢印の3つの箱の中ですけれども、グローバル経済の信頼性が低下した。これからは何でも自由に輸入できる時代ではなくなるよ。それから気候変動が起こる。これを進めてはいけない。こういう状況の中で農業の生産性はこれから上がらないでしょう。あるいは上げることは難しいでしょうということですね。

それから一方で消費者がですね、消費者が大きく変わってしまった。健康な食生活を失っている。非常に偏った安いカロリー源である油、脂肪ですね、そういったものの摂取を多くしていて健康ではないということですよね。こういったのが国にとって大きな課題として捉えられておりまして、自給率の最大化、環境負荷の低減、海外に頼らない日本的な豊かな食を維持する必要があると。こういうふうに内閣府でも考えておりまして、農政を少し変えていく必要があるというふうになってきました。

右の方にいきますが、じゃあ何するの? というところでですね、食料安全保障をとにかくこれはやらなきゃいかんぞ、ということなんですよね。と同時に環境負荷低減を両立させなければいけない。これはなかなか難しいんですね。で、環境調和的な持続的な食料生産産業を構築しようと。

そこで今、焦点が当たっているのが大豆の自給化と水産です。中でも魚類養殖というところに焦点が当たっております。これについて私はずいぶん反対しました。大中型まき網、イワシとかサバを食っときゃいいんじゃないですかとだいぶ言ったんですが、どうも国のお偉いさんは、いや養殖がいいと言って、そこはなかなかね、譲ってくれなかったので、まずじゃあ養殖でスタートしましょうということで、今この農業では大豆、それから水産です。タンパク源としては水産を中心に据えようというような方向がだいぶ定まってきました。それから一方で、これを自由市場でこういったものを消費してもらうわけですから、消費者マインドを変える必要がある。畜肉から水産物へというようなマインドの変化を生み出す必要があります。健康な食を実現する消費市場、消費者の食のスタイル、それをどうやって変えていくのか。そういったことも今、課題になって、そのへんにですね、予算付けをやるという方向にあります。

2.魚類養殖業の経済モデルと発展のための技術課題

*養殖業の経済モデル ~古典的経済学の視点より~

さて、そういった文脈のもとで養殖の話に入っていきたいと思います。今、お示ししているのは養殖業の成り立ちという経済モデルですね。資本、労働、漁場。資本というのは資本財も含みますけれども、要するにお金があって、それで船を買って、漁具を買って、生け簀を買って、種苗を買って、エサを買ってと。それから労働、そこで働く人がいて、あるいは働く人を雇って。そして魚を育てる場所、漁場というものがある。農業では土地という概念になりますけれども。

*経営資源:「生産の3要素」の希少性とその克服

これが生産の3要素と言われるもので、これは養殖業のいわゆる経営資源ですよね。これがあれば養殖生産力というものを構成するわけですよね。ただ魚を生産することが養殖の目的ではありません。お金を儲けることが目的ですので、これをお金に換えるためには市場が要る、需要が要るということですよね。こういうようなサイクルをグルグルグルグル回しながら、資本を拡大していく、拡大再生産していく、これが養殖業という産業をもっともシンプルに捉えた経済モデルです。この中でですね、先ほど言った経営資源というのはいずれも希少なんですね、そんなに潤沢にないんですよ。労働も今、労働者もいない。それから漁場も、もうこれ以上、広げようがない、適地が少ない。で、資本の部分ですね、資本財のところは色々、ここは技術というものが関与しますから、まだ何とかなっている。けれども基本的には労働と漁場というところがたいへん希少性が大きくて、ここを何とかしないと、初めに言ったような食料安全保障に貢献する養殖業というものがつくれないということになります。

さて、資本と資本財、労働力、漁場、市場。先ほどの3つの要素と市場を一つのスライドに今、描いています。資本財というのは種苗、それからエサ、それから養殖資材、まあ機械ですね、こういったものがあります。それから労働力に関しては、これは希少なので、これは機械に代替していく。要するに資本財でこれを代替していくことが求められている。それから漁場はどうするの? 漁場無いよね。ここでですね、陸上養殖というものが考えられてくるということになります。要は希少性克服、生産の3要素の希少性を克服することで、養殖生産を発展させましょう。じゃあ漁場はどうするんですか、と言ったときに、じゃあ陸上でやったらいいんじゃないですか、ということで陸上養殖ってものが始められた。そういうように考えていただければ良いかなと思います。

*養殖業の発展を可能とする基礎的条件と生産要素の希少性克服

養殖業の発展を可能とする基礎的条件として今、言ったように、漁場の拡大、それから十分なエサ、種苗の確保、それから労働の機械代替、そしてそれを買ってくれるマーケットの拡大、こういったものが必要になります。そしてこれを実現するには十分な投資、特に技術面での投資というのが必要になります。

さて、このすなわち技術なんですが、先ほど言ったような要素を一つずつ見ていきたいと思います。種苗、エサ、それから労働力、機械化っていうことですよね。

ブリ類養殖とかクロマグロ養殖は未だに天然種苗を使っているわけですけれども、これはもうやはり希少です。いくらでも手に入らない、あるいは、もう今は人工種苗化しましょうというような動きがあります。そこで育種ですね。より良い品種、より良い人工種苗をつくろうというような動きがあります。そこでゲノム編集というような技術がそこに入ってきて、より短時間で効率的な育種、品種改良を進めようという動きが出てきております。

それからエサがありません。養殖、どんどんやったらいいんじゃないのって、よく世間の皆さん、言われるんですけれども、ブリを1キロ太らせるためには、サバが7キロ要ります。クロマグロを1キロ太らせるためには、サバが11キロ要りますよ。だいたい10分の1になっちゃうんですね。だからその10倍、魚をエサに魚をつくろうと思うと、ものすごく効率が悪いです。そんなことしてられません、食べ物が足りなくなるわけですからね、そんなことをしていたら養殖ってまず真っ先にやめたほうがいい産業ですよ。なので魚粉を利用しない代替餌料の開発も必要になりますね。大きな研究開発投資がそういったところにも進んでおります。

それから3つ目に労働力の機械化ですね。人間はもうなかなか今の時代、海へ出て、潮水あびて朝から晩まで働いてくれるような人はいません。機械にやらせる必要があります。人工種苗、これは今、ブリの人工種苗をつくっているところですけれども、色んなところでですね、色々育種というものが進んでおります。

*ゲノム編集の実用化と問題点

で、ゲノム編集というのに興味がある方もおられるようなんですけれども、今、京都大学と近畿大学のベンチャー、リージョナル・フィッシュという会社によって、ゲノム編集をした養殖マダイとかトラフグの販売が実用化されているわけですね。これはクリスパー・キャスナインという技術によって、今から10年くらい前にできた技術だと思うんですが、この二人の方によって生み出された技術で、2020年にノーベル賞を取りました。2017年にはジャパン・プライズですね、を取って、日本でも馴染みの深い方々ですが、これによってゲノム編集がひじょうに容易にできるようになったわけですね。作物それから魚類で今、実際に実用化をされています。ただまあ、実はぜんぜん上手くいってないです。マーケットがやっぱりついてきていない。マーケットが無いです、今のところはね。なので、これからこういったものが発展していく可能性がありますが、現時点では研究開発段階にあって、まだ市場性を持ち得ていないということになります。

*魚粉国際価格の推移

それからエサに関して言うと、エサの値段がこのようにズンズン上っております。これは魚粉価格の推移を示しておりますけれどもね。食料が足りないわけで、魚のエサに魚を食わしている場合ではないわけですね。このような状況のもとで、これは養殖のエサに使われているサバですが、これはもう贅沢だということでですね、今はこういう残渣ですね、加工残渣、こんなものも養殖のエサに使われますし、それから畜産の残渣ですよね、こんなものも養殖のエサに、日本では使っていないですが、実は海外では基本的にひじょうに多く使われるようになってきています。リサイクル産業になってきているということですよね。それから昨今、この昆虫を使うというような技術もどんどん開発されてきております。先日、コオロギをつくっていた会社が倒産しましたけれども、まあすべてが上手くいっているわけではありません。

*自動給餌機の普及

それから機械代替、今、自動給餌機というのは、かなり普及をしてきました。人間がやらなくても機械がエサやりをすると。それから洋上にこのようなバージ船というんですが、エサのタンクを浮かべときまして、ここから自動的にね、機械でパイプを通じて生け簀にエサが配給されると、そういうような技術もできております。海ってやっぱり広いですからね、地球の70%は海なので、この海というものを食料生産の場所としてどれだけ役立てていくかということがこれからもね、食料問題解決の大きなカギだと私は思っております。

*漁場の希少性を克服する新技術

ところがですね、養殖漁場というのはなかなか難しいですよ。台風が来たら壊れたりしますし、魚が逃げ出しちゃったりするしね。だからこれまでは風の弱い内湾の波の静かなところでしか、養殖ってできなかったわけですね。なので漁場が足りないわけですよ。じゃあどうするかってことで、色々な技術が開発されてきました。で、先ほど言ったように、そこに陸上養殖というものが入ってくるわけですね。

これはノルウェーの会社がつくった、もう実用化がされていますが、沖合でこれはサーモン養殖を行なう自走式の大きな養殖生け簀って言うんですか、船って言うんですかね。385メートル、これで1万5千トンのサーモンを7人で管理すると。1万5千トンというのはとてつもない量で、日本の養殖ブリって9万トンですから、だからこれが6隻あれば、日本中で養殖しているブリがぜんぶ養殖できちゃうというくらいの規模です。こんなものがもう実用化をされて、沖合、これまで養殖で使えなかった沖合域の開発をどんどん進めております。

3.閉鎖循環式陸上養殖:C-RASの意義と可能性

で、もう一つのオプションが陸上養殖、C-RASと書いております。閉鎖循環式陸上養殖、これをC-RASと呼びますので、これからC-RASというふうに呼ばせていただきます。

*魚類養殖業の経済モデルと漁場の重要性

先ほど経済モデルをお示ししましたが、養殖漁場、これが大事だっていうことなんですよ。というのは、色んな資本財とか労働っていうのは、今見てきましたように、色んな技術、これで色んなカバーができてきている。でもこれを海で養殖をやるかぎり、海っていうのは制御できない、つくることもできない、買うこともできない。多くの場合、海というのは200海里内であれば公有水面ですから、私物化できない。共同利用下に置かれるということで、経営資源としてはひじょうに使いにくいものでもあります。

養殖業の経営競争最終局面では漁場格差が決定的になります。漁場はね、変えられないです、人為的にはね。なんで、カネで買えるものは何とでもなるんですが、環境はカネで買えませんから、結局、いい漁場を持っている人が最後は勝つというのが海面の魚類養殖です。だからそういう点で言うと、海面の魚類養殖というのは、漁船漁業と同様にね、自然環境に完全に依存したオープンエアーファクトリーだというふうに言えます。

ただ、そういったものですので、ビジネスチャンスがあっても、資本は自由に参入ができないですね。日本は漁業権制度がありまして、なかなか自由に企業が、これはビジネスチャンスだ、儲かるぞ、これからどんどん値上がりしそうだぞ、サーモン養殖やってたら馬鹿みたいに儲かるんじゃないか、そういうふうに考えたとしても、簡単にはできなかったわけですよね。で結局、漁場というのがボトルネックになっているわけです。技術がいくら進んでも漁場がなければ、養殖なんていうのはできないわけですからね。

*閉鎖循環式陸上養殖への着目とその産業的意義

そこでこれまでの常識を打破する大きなイノベーションが必要ですよと。まさにゲームチェンジャーとしてのイノベーションが、このC-RASなわけです。これは環境条件を人為的にコントロールできる工場的な生産空間で養殖を行ないます。ですから理論的にはね、漁場利用上の色んな制約をすべてなくします。砂漠ででも養殖漁場を無尽蔵に拡張することが可能です。砂漠ででも南極ででも、カネさえあれば漁場を人為的に作りだすことができる。だから自然条件からの自由を得ると。これはもしかしたら養殖の念願だったのかもしれませんけれども、魚類養殖にまったく新しい知恵をもたらす革新的なイノベーションと言っても良いと思います。これがもし成功して世界中でこれが一般化をすれば、とてつもないインパクトが世界の食品市場にもたらされると思います。

*C-RASの模式図と革新性

模式図でざっくり言うと、こういうことになっておりまして、水を循環させる閉鎖循環式ですからね、完全にクローズドな環境の中で水を循環させる。蒸発分くらいを補う程度です。こうやって飼育槽で魚を飼って汚れた水を濾過しながら、綺麗に濾過してね、窒素や炭酸ガスを除去し、代わりに酸素をそこに入れて、魚に適した水温にコントロールして、また循環させると、これをやるわけです。巨大な施設でこれをやるのが閉鎖循環式陸上養殖、C-RASというものです。

当然ですけど、水温を管理しながら水を動かすので、大量の電気が必要になります。だからコストは高いですよね。ただ、もしこれがコストと販売する生産物の価格とがバランスする状況があるとすれば、これは漁船も要らないし漁民も要らない。水産企業が経営する必要もない。作業は、機械をオペレートするのが作業になります。頭脳労働中心の産業になります。ホワイトカラーしか要らないという産業になっていきます。ですから資本さえあれば、誰でも自由に参入脱退ができる一般的な陸上産業、普通の産業になります。

だからこれは漁業とか水産業の範疇ではない。そういった点で革新的なわけですよ。さっきもちょっと言いましたけれども、機関投資家が資金運用先を求めて、色んな産業、ベンチャーなところにですね、入り込んでくるんですけれども、今、そういったものがいっぱい入ってきています。このC-RASに異業種の参入、投資ファンドの参入が活発に見られます。彼らにしてみれば、100億、200億ってどうでもいい金額で、それぐらい平気で突っ込んできます。そういうような投機的なマネーが、ここに今、かなり世界中でね、入ってきている状況ですね。とにかく養殖、漁業は当たり前ですが、海がある場所、海でやる、自然環境の中でやる。だからひじょうに特殊な産業、そして専門的な労働力が必要、ひじょうに参入が難しい、誰でもできない。そういう特殊な産業だったんですが、これを一気に誰でもできる、オープンな産業に変えていく技術です。ひじょうに高くそびえていた参入障壁を徹底的に破壊してしまう、そういうものですね。だから魚類養殖を徹底的に工業化するイノベーションです。インドアファーミングとかバタリー養鶏なんかと同じ方向性を持つ技術ですね。

*閉鎖循環式陸上養殖の産業的特徴と可能性

こういうものですから、ただ高度に機械化された設備、高コストで多額の初期投資が必要となります。それから大きなエネルギーコストも必要ですね。なんで、集約度を高めた極端に大規模な採算体制をとることが有利です。だから、初めからドカーンと大量生産をやると。そういったのが世界でですね、当たり前になっていますね。で、これは陸上にありますので、ひじょうにいい点はですね、鮮度管理がしやすい、それから鮮度良く消費者に届けられる。商品化過程をひじょうに生産と近接させて、連続した一貫過程として構築しやすい、市場とも近接している。だから例えば電話一本で、「今日の晩、サーモン食べたいから持ってきて」って言うと、宅配便で生きたサーモンがご家庭に3、4時間後に届くとかね、そういうようなことが可能になります。

まったく新しいビジネスがそこから生まれていくでしょう。こういったインドアファーミングと同じですよね。都会のど真ん中でできるところが良いところなんですよね。ですから左の赤いところがこれまでの養殖というもので、非常に難しい産業でした。誰でもできない、特殊なものでした。でもそれが右側の青い枠の中のように資本、おカネさえあれば、誰でもできる、そういうものになります。

*公益性の喪失と自由な企業活動の実現

これは実は隙間産業でですね、地域社会や漁協などとの調整が一切、必要ありません。私的経済の範囲内で何でも自由にやっていいわけです。だから行政からの指導や管理も受けません。外国籍でも自由にできます。ひじょうにオープンな産業ですね。完全な私的な企業活動として、経営の自由が保障されます。だから水産業の範疇にも含まれない。ようやく水産庁も昨年からですかね、届出制にしましたけれども、あくまで届出制でありますし、またその届出というのも、排水の管理みたいなものを根拠にした届出制であって、何をしようがそこに口出しするような権限は、今の法律上、ありません。で、ノルウェーなんかでは、ITではなく、養殖業にこそ今、投資したらいいんじゃないのって、いうふうに投資家の間では言われています。

*日本におけるC-RASの急速な展開

日本でも今、急速に発展をしております。皆さんもよくニュース等で見ると思いますが、ベンチャーとか外資、それから異業種が入り混じって、非常に混沌としつつも活気ある状況が出現をしております。これまでの伝統的な水産業とはまったく異なる様相を呈しているということです。

上に挙げましたこれは、東邦ガスとニッスイが手を組んで愛知県でやっている知多クールサーモンですね。東邦ガスは天然ガスを持ってきますから、液化天然ガスを気化させるときに、冷熱が出ますので、これで水温管理、温度管理をエネルギーコストを払わずにできるという優位性があります。そういったことを利用して、この知多クールサーモンというようなものをね、名前を付けてこのビジネスに乗り出しました。それから大和ハウスと手を組んだのが、ノルウェーのプロキシマールという会社なんですが、すでに日本で計画というか、もう建設を始めておりますね。

*世界全体での急速な展開と激化する企業間競争

世界全体でもこれは今、大きく展開をしております。とにかく短期間で巨額の初期投資回収を図ろうと、これはやはりビジネスをやっているのがファンドだっていう点にその要因があると思います。長い目で見て、長くこれを長期的に食料供給の責務のようなものを感じながら頑張ってやろうというよりも、むしろドンと投資してドンと儲けて、なるべく早く投資を回収してっていうような投資ファンド的な経営スタイルが多いですよね。で今、世界中のC-RASの計画生産量、年間280万トン。これは海面のサーモン養殖生産量にほぼ匹敵する量になります。巨大な企業が皆、取り組み、そして巨大な規模でスタートさせているという状況です。

例えば今、ピュアサーモンという会社、これはシンガポールの投資企業が所有しておりますが、世界の8か所でC-RASを始めました。日本でも1万トンをつくりますが、アフリカとかですね、中東なんかでもやると。だいたい屋根にはですね、こういう太陽光発電を取り付けると。屋根を取った模型がこんな感じで、大きな水槽がこんなふうに並んでいて、この中で水を循環させるわけですね。実際、稼働している工場の風景がこんな感じですね。こんな巨大なクローズドな建物の中に、人間がここに写っておりますけれども、かなり大きな円形の水槽がいっぱい並んでいるということです。

これはアクアマオフという企業のホームーページから借りている写真ですが、イスラエルの会社です。世界どこでも今、ノルウェーやイスラエルの技術が導入されて、この技術が標準化、そしてこの市場を寡占化しつつあります。

*C-RASの課題:電力コストと高価格化

課題は電力コストですね。電気代がひじょうに高いということです。日本って電気代が高いんですね。これは世界の主要国の電気料金ですけれども、日本は世界で一番電力が高い国の一つです。こういう電力多消費型の大規模装置産業は、基本的に電力が安い国、土地や建築コストが低い地域に優位性があるんですけれども、日本はそういった点でまったく優位性がありません。かつてアルミニウム精錬は、日本は世界第2位の生産量を誇っておりましたが、電気代が高かったがために今、日本には一切、なくなったわけですね。何かそういうような歴史を振り返ると、このような電気代に頼った養殖というのが、日本で競争力を持つのか、っていうようなことはやや疑問がありますね。

その疑問を解消するには、とにかく高く売るしかないんですよ。だから日本でやるC-RASというのは、とにかく高いコストをかけてつくったものを高く売る。こういうビジネスにする必要があります。それがさっき言ったような、圧倒的な高鮮度性、オンデマンド性、そういったところに活路を見い出す、というふうに思います。

*予想される市場対応とその強み

ですから活魚、これまであり得なかったサーモン、活魚のサーモンとかね、圧倒的な高鮮度性で高く売る。それからケータリングサービスのようなものまで連続させて、利便性も同時に提供する。そうやることで、顧客満足度を高めて売価を上げていく。それからクローズドですので、完全無投薬ですよ、抗生物質もあげてませんよ、安全ですよっていうような安全性の訴求ですね、これは有機野菜なんかを消費するような人たち、高所得で健康に配慮する、そういうマインドを持っているアッパークラスのプレミアム市場でね、いわゆるLOHAS市場向けの商品化、そういったものも目指されるでしょう。

それから特定外食産業との固定的取引によって、差別化アイテムとして使われることもあると思います。それから環境配慮をけっこう今、訴求していますよね。だから海を汚してはならないとかね、言っているわけ、海でやったら海が汚れると。だから自分たちは海を汚さず、綺麗にやってますよ、と言って、環境認証なんかもこれからおそらく、どんどん取得することで、やっぱりさっき言ったのと同じでLOHAS市場、あるいはそういうグリーンなマーケットに売り込んでいこうと、そういう態度を取るんじゃないかなと思っております。

ただ今の計画通り、皆がみんなつくるとですね、やはり供給過剰、過当競争にあるんだろうというふうに思います。

4.海面養殖業の見直しと日本養殖業の展望

*日本の強みとは

ちょっと非常に駆け足でざっとお話をしてきましたけれども、ただ最後にね、で、どうなのっていう話をして、終わりにしたいと思います。これ、僕はですね、日本でこれをやるのはナンセンスじゃないのって思っています。それは確かにさっき言ったようにひじょうにLOHAS市場、オーガニックフードマーケットなんかでは高く売れるアイテムになるのかもしれないですけれども、やっぱりこれは食料問題という文脈で考えると、こんなものはひじょうに贅沢なものなんだろうと思いますね。

日本の良さっていうのは、恵まれた海洋環境があるということで、世界で6番目に広くて4番目に大きな体積の、しかもひじょうに豊かな水産資源に恵まれた海を我々は持っているわけです。そういったものを生かした、結局、すなわちエネルギーコストが要らない、低コストで食料が得られる、ひじょうにナチュラルな漁業、養殖。そういったものこそが日本の強みだろうというふうに、私はこのあと二平さんなんかにも意見をお伺いしたいですが、やっぱり日本の強みはそこだと、逆にそこしかないと、色んな産業と比べても、全産業の中でも漁業っていうのはもっとも強みを持っている産業ではないかなというくらい思っています。なんせ自然の再生可能エネルギーを直接的にダイレクトに利用できるわけですね。だから色んな難しさはあります。不安定性もあります。ただ低コストで生産効率は良いわけですよ。

C-RASは先ほど言ったように、環境配慮を主張していますが、ただ電気を大量に食っているので、そういう大量の電力を使う産業って、時代遅れなんじゃないのかなって気がしなくもないわけです。それから太陽光を使うといっても、ベースロードは火力なりね、原子力発電を使うわけですね。なんでね、これは海の無い国ではとても良い技術だと思います。海の無い国、内陸国ではこういったものでしか、魚を食べられないわけだから、そういった国では必要でしょう。そういった国ではだから高く売れるでしょう。でも日本は海があって、そこでは、安い、低いコストで安価に、しかもひじょうに健康なナチュラルな美味しい魚が供給されるわけなので、そんなものは日本でやる意味があるのかなというふうには思います。

投資家には「金のなる木」として今、ひじょうに魅力的に見えていると思いますけれども、これ、日本の水産業、持続的な水産業をつくるという立場、あるいは食料を供給していく、これから足りなくなるタンパク質をどうやって供給するのかっていうような立場、それから我々が、消費者が豊かな食を守っていく、そういう立場からみて、望ましいものなのか、大いに疑問を感じております。これがだからグローバリゼーションとか資本主義化って初めに言いましたけれども、まさにそういったものが典型的に表れている一つの産業のスタイルではないかなと思います。カネさえあれば何でもできる。グローバルな技術を集めて、自然環境から食料生産を切り離して、何でも自分たちで、資本の力でやってしまう。それは日本のような環境に恵まれた国ではたして意味があるのか。我々はもうちょっと冷静にね、多面的に、総合的にこのC-RASというものを見つめて、日本独自の持続的な養殖技術体系とは何なのか。日本にとって本当に、我々に豊かな食をもたらしてくれる養殖っていったいどんなものなのか。日本の食料安全保障に貢献する養殖っていうのはどんなものなのか。そもそも養殖って要るのか。そこまでしっかりと議論をしてもらいたいなというふうに思います。

*C-RASが養殖業の経済モデルにもたらす変革

最後のスライドです。C-RASは初めにお示しした養殖業の経済モデル、これをどう変えるのか。左にありました、やはり自然と調和した一次産業であり、この背景には漁村があり、漁民が居たわけです。しかしC-RASによって、この三角形の中で、資本というものが、労働と漁場を飲み込んだわけですね。資本さえあれば労働も要らない、漁場も要らない。すべて資本でカバーするよ。で、自然と切り離された近代的な二次産業になる、工業になっていく。資本と技術によって、統合化された工業的な生産力に変化していく、変わってしまう。そういう技術ですよ、これを我々はどう受け止めますか。そういう課題が我々に突きつけられているんだろうと思います。

以上で終わりたいと思います。ご清聴、ありがとうございました。