FFPJ第43回講座「小さな畜産からつくるサステナブルな未来―『13歳から考える畜産』によせて―」が2026年8月24日に開催されました。講師は愛知学院大学経済学部教授の関根佳恵さん(FFPJ常務理事)です。以下は、講座の報告部分の概要になります。
はじめに
ただいまご紹介いただきました、愛知学院大学の関根と申します。本日は平日の昼間、農作業のある方もいらっしゃると思いますが、お時間をいただきありがとうございます。池上先生からもご紹介いただきましたように、『13歳から考える畜産』(関根佳恵著、かもがわ出版、2026年)という今年3月に出版された本の内容を主に紹介したいと思います。「小さな畜産からつくるサステナブルな未来」です。
自己紹介
最初に、簡単に自己紹介をしたいと思います。私は横浜生まれですが、子どもの頃から高知県の山間部(徳島県寄りの方)で、1980年代に子ども時代を送りました。小学校の友達の実家が農家で、放課後に家に遊びに行くと牛(土佐あかうし)を飼っていました。友達と一緒に牛に餌(稲藁)をあげたりして、遊んで過ごしていました。
周りは自然豊かなところで、農業も盛んだったので、農業に興味を持ちまして、大学では農学部で農業を学びました。その時の農場実習でも、やはり牛の世話をして、餌をあげたり、牛舎の掃除もしたりしていました。大学院では農業経済学を中心に学び、フランスやイタリア等への留学、国連等での仕事を経て、今、名古屋に来て13年目になります。家族農林漁業プラットフォーム・ジャパンの常務理事もしております。
今日お話しする『13歳から考える畜産』ですが、実は2020年に『13歳からの食と農』という本を、同じくかもがわ出版さんから出版していまして、そのスピンオフ企画といいますか、各論として、小さな畜産、家族で経営するような、そういう畜産について書こうという企画ができたんですね。いろいろ忙しくて、予定より2年くらい出版が遅れてしまったんですけれども、結果として、ちょうど今年が国連が定める「放牧地と牧畜家の国際年」ということで、うまく着地したかなと思っております。
こちらは、私がフランスに留学していた頃の写真です。有機農家さんの水田の調査にも参加していました。実は、私は自分が畜産の専門家だという言い方はしていないのですが、留学時代の指導教官(ジャン=ピエール・ブトネ先生)が畜産経済の専門家でした。そのことがきっかけになり、今から20年ほど前から国内外で様々な畜産の調査を行なってきました。こちらの右の写真は、南フランスのカマルグ湿地帯で放牧されている雄牛です。この辺りはスペイン国境から比較的近いので闘牛文化があり、食用の雄牛も伝統的によく食べる地域です。
今日のテーマは畜産ですが、小規模農業、家族農業、アグロエコロジーに関連する書籍も出版していますので、もしよろしければ合わせてご覧ください。
『13歳から考える畜産』について
ここから本題に入っていきたいと思います。『13歳から考える畜産』は、第1章から第6章までありますので、全てお話しすると時間が足りません。そのため、今日は第5章と第6章を中心にお話ししたいと思います。ちなみに、第1章では私たちの暮らし、食卓だけではなく、着るものや家具等、いろいろなところに畜産物が使われているというお話をしています。第2章では畜産の歴史、さまざまな家畜の種類、経営の類型等についてお話ししています。
そして、第3章と第4章では、現代の畜産が直面しているさまざまな課題(経営難、環境問題、家畜と人間の健康の問題等)を取り上げています。こういった様々な問題を解決する糸口が、小規模な畜産、持続可能な畜産だということで、今日はそのお話をしていきたいと思います。
時間の関係でご紹介できないのですが、各章の扉のところにはショートストーリーが入っていて、「暮らしと畜産物」とか「農業公園」とかですね、そういう様々な場面ごとのお話を作っていて、結構、執筆するとき楽しみながら書いたところです。それからコラムとして、本論で論じられなかった養蜂やジビエ、ベジタリアン等のお話もしています。今日は、最後の産休・育休制度に関するコラムだけ、今年が「女性農業従事者の国際年」ということもありますので、取り上げたいと思います。
1 持続可能な畜産への転換
それでは、書籍の方では第5章にあたる部分の「持続可能な畜産への転換」について、お話したいと思います。
1.1 工業化した畜産からの転換を
まず、「工業化した畜産からの転換を」ということで、この畜産の近代化・工業化というのは、日本や欧米諸国等で、20世紀後半から広がってきました。背景としては、人口増加や経済成長による畜産物の需要増加に対応して大量生産するためであったり、貿易自由化と国際価格競争に直面する中で、できるだけ生産コストを下げようということであったり、あるいは工業部門との生産性格差の是正、所得水準の是正であったりのために、「効率化・生産性向上」という名のもとに、大規模化、企業化、家畜の餌を作る農耕部門から切り離した専門化であったり、新しい技術の導入、機械化が進められてきました。
ところが、その課題として見えてきたのは、気候変動の原因になっているとか、生物多様性の喪失、食料危機や感染症、健康問題等です。こうしたことがあるため、「工業的畜産はサステナブルではない」と批判されるようになりました。特に日本の畜産の特徴は、高度経済成長期に加工型畜産として輸入の飼料や家畜、施設、化石燃料等に依存して、世界的に見ても非常に特殊な形で発展をしてきたところにあると思います。こういう輸入依存があるので、円安やインフレに脆弱です。世界的に見るとこうした工業化した畜産の問題点は幅広く指摘されていて、国連ではこの大規模で工業的な畜産をもっと規制するべきだとか、小規模・家族農業の持続可能な畜産への転換を促すべきだ、伝統的な畜産をもっと支援する必要があるということが、「国連の家族農業の10年」や今年の放牧地と牧畜家の国際年の中でも言われています。家族農業については、ご参加の皆さんもすでにご存じの動きかと思いますが、年表にすると、こういう形でSDGs、「農民と農村で働く人びとの権利宣言」、「零細漁業と養殖の国際年」(小規模漁業年)等の中でずっと重視されてきていますし、気候変動対策のCOPの議論でも、小規模農業の役割が重要だと言われています。
国際的に見ると、EUでも共通農業政策(加盟国27カ国が共通で行なっている農業政策)の中で、小規模経営への支援を強化したり、逆に大規模経営に対する所得補償の支払額を制限し、その分の予算を小規模経営に再配分するような改革がこの間行なわれています。それから、大規模経営のイメージが強いアメリカですが、農務省は小規模経営に対してもっと支援を強化しようとずっと言っており、むしろ大規模経営に生産集中することは危ないんだと警鐘を鳴らしてきています。
1.2 小規模で分散した畜産へ
それでは、小規模で分散した畜産にはどういう利点があるのか見ていきましょう。まず、大規模な機械や設備への投資を抑制しているので、借り入れ金が少ないんですね。身軽で柔軟な経営が行なえるということで、経営破綻のリスクは低くなりますし、それから農場全体の資産価値を小さく抑えることで、子どもに継承する場合でも第三者に継承する場合でも、経営継承のハードルが下がるという大きな利点があります。
また、こちらの右のグラフにあるように、畜産・酪農というのは主業経営として専門的に行なっている経営の割合が非常に高いのですが、小さく行なうことで副業・兼業が可能になります。そして、借金返済に追われて規模拡大、つまり家畜の増頭をしなくても良いので、労働時間が短い傾向にあります。特に、後の事例で見るように、放牧を行なっている場合はその傾向が強まります。ということは家族と過ごす時間も増える、自由な時間が増えるので、ワークライフバランスも改善しますし、今の人手不足にも対応できるます。
また、家畜の飼料生産も自家栽培が多いので、購入飼料、特に輸入飼料への依存が少なくて、今の円安、インフレに非常に強いという利点があります。
1.3 大きな酪農より効率的?―小さな酪農の強み
実際に、私が北海道でインタビュー調査をした時に、酪農家の方が提供してくださった資料をもとに作成した表をご覧ください。これは大規模、中規模、小規模という経営規模と、資料の与え方(輸入飼料を主に使う完全混合飼料(TMR)を与えている経営と放牧を行なっている経営)を比べています。その結果見えてくるのは、実は売上から支出を引いた所得は、大規模経営も小規模経営も変わらないということです。また、大規模経営は借金返済額が多いので、借金返済後の所得で見ると小規模経営の方が大規模経営の2倍あります。そして、借金返済後の所得率で言うと、小規模の方が大規模に比べて9倍近くあります。これはもちろん地域や年によっても変動しますが、多くの他の研究が似たような傾向を指摘しています。
1.4 大きな畜産から小さな畜産への転換
それでは、どのように大きな畜産から小さな畜産に転換できるのか、考えていきましょう。最も重要なのは農業政策・補助金体系の見直しだと思います。世界的に見ると、農業生産額の約15%に相当する補助金が支払われていますが、そのうち残念ながら87%が環境・健康に有害で非効率な農業を支援するために使われています。
これを切り替えるために、環境クロスコンプライアンス(環境要件を補助金の支払い条件とする手法)があります。サステナブルな取り組み(放牧、有機、アニマルウェルフェア等)を支援することももちろん大事です。同時に、工業的な大規模・企業的な経営を、このサステナブルな小規模・家族経営に転換するための支援をするということも大事です。私が強くそう思うようになったのは、実際に北海道の大規模酪農経営をしている方にお話を聞いたときに、こういうことをおっしゃっていたからです。その方によると「小規模経営で放牧を行なう方が環境に優しい、アニマルウェルフェアにも適している、さらに経営も安定するというのはもう分かっている」と。ただ、「自分の経営はすでに多額の借金をしているので、まずはそれを返済し終わるまでは経営方針を転換できない」とおっしゃっていました。逆に言えば、大規模経営をしている方の借金の減免・免除をするために予算を使うことができれば、畜産・酪農経営が大きく変わる可能性があることを示唆していると思います。
また、農業・食料システムにおける真のコスト、隠された費用がどのくらいあるかということを、もっと見える化して生産者や消費者に伝えることができれば、大きな変化につながると思います。これは国連の報告書にもとづいています。この真のコストは、世界の総GDPの10%に相当し、しかも年率9%で毎年増額しています。これは「真のコストの会計学」と呼ばれていますが、この真のコストをちゃんと見える化したり、価格に転嫁することができれば、ゲームチェンジャーとして、政策や企業行動、市場の在り方が大きく変わってくると思います。
1.5 有畜複合で循環を取り戻す
具体的に何をしたらいいか、ここからお話ししていきたいと思います。まず、有畜複合で循環を取り戻すということです。畜産と家畜飼料(飼料用米、稲ホールクロップサイレージ等)の栽培を同じ経営で行う場合は有畜複合と言われ、地域内で別々の農家が連携する場合は耕畜連携と言われます。こうした取り組みを行なって、家畜の排せつ物を堆肥化して農地に循環・還元するような仕組みができると、環境にとてもよいと思います。
こちら右の写真は、北海道でオーガニックビーフを生産している農場なんですけれども、地元の農耕の副産物で育てられている牛たちになります。
1.6 日本の放牧、復活へ
1960年代くらいまでは、北海道だけではなく本州や四国、九州でも、今よりかなり幅広く放牧が行なわれていましたが、飼料の輸入が自由化され、工業化の下でより生産性を高める政策が取られるようになると、放牧は姿を消してしまいました。それによって自然・畜産・農耕の循環の輪が壊れてしまったという歴史がありますので、これを復活するような取り組みが必要だと思います。実際、今どのくらいの家畜が放牧されているかというと、乳用牛で17%くらい、肉用牛のうち繁殖用の牛で14%くらいです。これを多いと見るか、少ないと見るかですが、結構いると思われるかもしれません。今後、これをもっと増やしていく必要があると思います。
右の写真は、緑のところが牧草で、その真ん中に空いてるところがあります。これは、実は放牧されている牛さんの落とし物です。糞が土壌の微生物によって分解されて土に戻って、周りの牧草の栄養になっていく循環の過程です。いわゆる「ワンヘルス」(One Health)、「一つの健康」ということで、今では海外だけではなく日本でも推奨されているようになっている取り組みになります。
日本政府も放牧によって生産コストの低減が見込めるということに注目していまして、酪農で2割、それから肉用牛の繁殖経営で3割も費用が削減できるということです。そのため、放牧畜産の実践牧場の認証制度もできています。
1.7 有機畜産という選択
次に、日本では2005年から畜産が有機JAS認証の対象になっています。有機畜産は、環境負荷を低減した飼料を利用し、抗生物質やホルモン剤等の動物用の医薬品の使用を避け、アニマルウェルフェアにも配慮するので、放牧をしましょうということも謳われています。ただ、日本では非常に普及率がまだ低くて、2020年時点で牛肉というと0.005%と、本当に少ないですね。ただ価格で見ると、そんなに手の届かない価格ということでもありません。和牛と交雑種(和牛×乳牛)の間くらいの枝肉価格になっています。
1.8 有機畜産物の消費拡大にむけて
この図は、フランスの給食におけるベジタリアン献立の導入頻度と、有機食肉の導入の関係を表しているグラフです。ベジタリアンということで、動物性タンパク質(食肉・魚)を摂らないようなメニューを少なくとも週に1回は献立に入れることが、フランスでは法的に義務付けられています。そして、ベジタリアン献立の導入頻度が高ければ高いほど、価格としては高い傾向にある有機食肉の導入比率が上がっています。しかも、1食当たりの食材費は下がり、有機率は上がるという、非常に画期的な取り組みになっています。
こちらは、フランスのオーガニック給食の写真です。調理員さんと子どもたちが一緒に食べています。日本でもオーガニック給食に取り組む自治体数が、いま300余りになってまして、全自治体の2割弱、19%くらいが既に取り組んでいます。後ほどお話しする事例の中でも、有機畜産物を実際に地元の学校給食に届けている事例も出てきています。
1.9 地球と人間にとって健康的な食事―プラネタリーヘルスダイエット
それから、有機や放牧で畜産物・酪農品を作るというと、どうしても生産量が減ってしまうのではないかと心配されますが、イート・ランセット委員会が提案している「地球と人間にとって健康的な食事」(プラネタリーヘルスダイエット)の考え方で言うと、この図にあるように乳製品と動物性タンパク質は、合わせても全体の食事量の6%くらいにしましょうと言われています。それが、環境にも優しいし、人間や家畜の健康にとってもよいですよということです。これは、地域や年齢、健康状態によっても変わりますので、あくまでも参考としていただければと思います。
1.10 持続可能な食のコミュニティをつくる
そして、持続可能な小規模・家族経営の畜産にどうしたら転換できるのかについて、アグロエコロジー研究者のグリースマン教授(カリフォルニア大学名誉教授)はこのように書籍で書いています。全ての肉牛と乳牛を放牧して育てましょう、そして全ての豚に食品・農産物のリサイクル飼料、いわゆるエコフィードを与えましょう、そして動物性タンパク質の生産は、鶏肉や卵、牛乳、乳製品、つまり飼料効率が高いものを中心にしましょう、ということも言っています。そして、こうした転換を実現するために鍵になるのは、生産者と消費者の関係性を変えることが大事だと言っています。
日本では1960年代、70年代から産消提携が行なわれ、それが海外では地域支援型農業(CSA)という形で広まって、近年では日本にも逆輸入されているような状況です。食料システムや未来社会の在り方を選択するための投票行動として、消費者が行動していく。生産者もその消費者との結びつきを考え直すことが一つの鍵になると思います。
2 新しい畜産にむけて
次に、これは書籍の第6章「新しい畜産に向けて」に当たりますが、7つの事例についてお話していきたいと思います。
2.1 マイペース酪農―土・草・牛の循環と暮らしを大切にする
まず、北海道のマイペース酪農についてです。関連書籍も出ていますので、すでにご存じの方もいらっしゃるかと思いますが。マイペース酪農交流会は、毎月、酪農家の方たちが北海道や道外からも集まって、いろいろな学び合いをしている会です。ルーツは1960年代の「労農の平和運動」にあるそうです。1971年に別海労農学習会という名前に変わっています。この頃になると、先ほどお話したように政府の方針として、酪農の近代化・工業化を進めるという方針が出てきました。それによって規模拡大、機械化、多額の借金をして離農していく方が増え、それによって農村人口が減って、学校や農協が合併せざるを得なくなってくるという状況が広く生まれてきたときに、これでいいんだろうかと考えた方たちが集まって作った団体です。
このマイペース酪農交流会では、政府方針やそれに従って活動している農協のやり方を「ユアペース」(あなたのペース)と呼んで、それとは別に「マイペース」(私たちのペース)、私たちのやり方があるんだと認識して、この両者を線引きしたところから会の名前がついています。1991年に、こちらの写真の三友盛行さん(中標津町の酪農家)を講師に呼んで学習会をしたことを機に、農家同士の学び、大学の先生を呼んで基調講演をしていただくのではなくてですね、酪農家同士で牧場を訪問し合ったり、取り組みについて語り合う、マイペース酪農交流会として、つまりピアラーニングとして再出発しています。2023年には日韓国際環境賞という国際的な評価を受けてもいます。この活動の中心的な存在である三友さんは、現在はもう80代ですかね。酪農家としては現役を引退されていますが、いろいろな講演活動、執筆活動、アドバイス等をたくさんされています。
三友さんは、実は東京浅草の生まれで、妻の由美子さんも幼なじみで東京のご出身です。三友さんが目指したのは近代的な酪農家になることではなく、百姓、農民の暮らしをしたいということで、北海道に移住をされています。いわゆる「ライフスタイル移住」の先駆けのような方だったのかなと思います。夫婦一緒に新規就農されまして、妻の由美子さんは後にチーズ熟成士としてフランスの賞も受賞されている方なです。
最初、ご夫婦で牛11頭を飼い始めて、40頭まで増頭したそうですが、それ以上の規模拡大はしないという判断をされたそうです。なぜかというと、放牧を中心にして、家族労働力による適正規模の酪農を実践したいと思っていたからです。それによって、ゆとりのある暮らしをしたいということだったんですね。この適正規模とは何かということで、三友さんはマイペース酪農交流会以外にも「酪農適塾」を開催されています。
マイペース酪農の実践は、何か厳しい会則やルールがあるわけではなく、それぞれの酪農家の判断でできるところから取り入れていくという、いわゆるアグロエコロジー的転換のような取り組みです。そのため、酪農家によって取り組みに違いがありますが、基本となっているのはまず放牧をするということです。それから購入飼料や購入肥料への依存をできるだけ減らす。そして、成牛1頭当たりの放牧地あるいは採草地の規模を、1ヘクタールくらいの密度にしましょうということです。そうすることによって牛が食べる牧草の量を十分に確保しつつ、牛の排せつ物が無理なく土壌微生物によって分解されて循環が成り立つ、そういう規模がこの密度だということです。
それから、通常の酪農で行なう草地更新を行なわない、または最小限にするということです。草地更新というのは、牧草をたくさん生やすために、ほぼ毎年、農地を耕して化学肥料や除草剤、そして牧草の種をまくことです。これをすると土壌微生物が傷ついてしまうということで、それを少なくする。そして、過剰施肥もしないということなので、環境汚染や温室効果ガスの排出も防げます。つまり、土・草・牛の循環を健康的に保つ、まさにワンヘルスの取り組みです。人は牧草の種をまきませんが、自然に、牧草が自ら落とした種が翌年更新されて生えてきます。三友さんの言葉で言うと、「風土に生かされた酪農」ということになります。
それから、私が注目しているのは、マイペース酪農交流会でジェンダー平等を非常に重視しているということです。夫婦は対等なパートナーと認識されています。農村・農業関係の交流会・学習会の多くは男性の集まりになりがちですが、ここでは必ず夫婦で出席することになっています。
さらに、綿密な経営分析をしていて、自分がどのくらい借金があって、どのくらい償還しているかとか、どのくらい手取り所得があるかといった、ちょっと言いにくい台所事情みたいなところも、会員の間でデータを公表しています。実際、小規模で家族経営でも、放牧でこれだけの高い収益性を保てるということを実証的に示していることが特徴です。マイペース酪農については、FFPJの第36回講座もぜひご覧いただけたらと思います。
2.2 放牧のオーガニックビーフ―北海道で始まった有機畜産の挑戦
放牧のオーガニックビーフも北海道で始まった挑戦です。その中心となっているのが、北里大学獣医学部附属フィールドサイエンスセンター八雲牧場(道南・八雲町)です。この牧場は1976年に開設されました。1991年の牛肉の輸入自由化を機に、増加した安い赤身の輸入牛肉と差別化するために、この農場でも和牛の肥育を始めたそうです。穀物飼料も輸入品の方が非常に安かったので、それに切り替えました。ところが、そうすると牧場内で採れた牧草がたくさん余ってしまいました。それから、輸入の穀物飼料を使っていると、家畜の排せつ物由来の堆肥を農地に還元できないので、堆肥もたくさん余らせてしまったそうです。当時、多くの畜産家・酪農家が直面していた問題に、この農場でも直面してしまったということで、1994年には「これではやっぱりいけないんだ」と、牧草と飼料を自給に切り替えています。2003年と2005年に、それぞれ無農薬栽培、無化学肥料栽培を実現しました。
さらに、北里大学には付属病院がありますので、そこに入院している患者さんの病院食として、このオーガニックビーフを提供すること(農医連携)も始めています。そして、2009年には有機JAS認証を取得しています。牛の品種は、日本短角種という非常に希少な品種、日本短各種とサレール種の交配種等を育てています。
北里大学を含めて、現在では畜産家25軒、流通業者等が加盟する北海道オーガニックビーフ振興協議会(HOBA)という団体があります。マルハニチロや東洋食品が加工したものを、北海道や首都圏の生協、それから地元の学校給食等で販売しています。
2.3 消費者とつながる山地酪農―丈夫な牛たちが広い牧場でのびのび暮らす
次に、消費者とつながる山地酪農をご紹介したいと思います。こちらの写真は、高知県南国市の山地酪農、斉藤牧場さんです。山地酪農は、山地を利用した放牧酪農のことで、猶原博士が提唱したものです。主な草は、外来の牧草ではなく、日本にもともと自生しているノシバになります。林間放牧を組み合わせて、循環型の酪農、放牧をしています。
斉藤牧場は、1968年に開設され、現在は27ヘクタールで28頭の牛を放牧で育てています。牧草については完全に無農薬・無化学肥料栽培、地元の農家との耕畜連携で、稲ホールクロップサイレージやふすま等を少し与えています。北海道ほど雪は降りませんので、365日、通年放牧になります。夜間も昼間もずっと放牧です。雄牛がいて自然交配をしています。それから分娩、子牛を産むのも基本的に放牧地の草の上に産み落とす方式になります。
乳量は全国平均の2分の1から3分の1くらい、やはり牧草を中心に与えて育てているので、少なくなりますが、低温殺菌のノンホモジナイズの牛乳を作っていて、産消提携や道の駅、ふるさと納税等で販売しています。
2.4 生活協同組合による福祉型畜産―障害のある人が関わる養豚と食肉加工
次に、生活協同組合による福祉型畜産、障害のある人が関わる養豚と食肉加工についてです。こちらについては、先月、FFPJの第42回講座で吉武さんが詳しくご報告されていますので、ここでは簡単にご紹介したいと思います。宮城県にある生活協同組合「あいコープみやぎ」さんは、1979年に設立され、1997年に福祉作業所を開設されました。この作業所は、2002年に社会福祉法人「みんなの輪」として、独立しています。
2014年には、福祉型畜産ということで、こちらの写真にあるような養豚を開始しています。豚たちが自由にのびのび動き回れるようなところで育っています。さらに、生協としては非常に珍しいと思いますが、2021年にあいコープみやぎとして独自のミートセンターを敷地内に開設されています。障害のある方、特に知的障害がある方が、農業、畜産、そして食肉加工まで携わっているということ、そして地域内の資源循環をして、飼料も地域でできるだけ自給をしているということです。また、微生物を利用して、できるだけ薬剤を使わない経営をされています。
就労継続支援B型事業所なので、作業をしていらっしゃる障害のある方は、最低賃金の支払い対象外になりますが、それでも全国平均に比べて非常に高い工賃をお支払いすることができています。それは、おそらく畜産部門に関わっているということ、それから生協ではすべて予約販売になりますので、食品ロスがほとんど出ないという強みを生かされていると思います。
また、参加型認証(PGS)を通じて、福祉事業でどのような取り組みをしているかが組合員さんに伝わっているので、それを非常に支持して購入してくださる組合員の方が多いというところが、うまく回っているの理由だと思います。
2.5 地元の米で育てる平飼い卵―鶏を自然に近いかたちで飼う
次に、平飼い卵のお話です。この事例も実は、あいコープみやぎさんに卸していらっしゃる、宮城県栗原市の「栗駒高原」さんという養鶏場のお話になります。こちらでは、東日本大震災が2011年にあった時に、津波で港が被災してしまって、輸入飼料が届かない、餌がないという状況を経験されたそうです。それをきっかけに、輸入飼料に頼るのではなく、地元産の飼料、具体的に言うと飼料用米に切り替えて、自家配合飼料を供給しています。
特徴としては、アニマルウェルフェアにつながる取り組みを非常に重視されています。開放型鶏舎になるので、風も太陽光も入ってくるんですね。上の写真でありますように、鶏本来の本能的な行動である砂浴びができるとか、下の写真にあるように止まり木に止まったりできます。それから、巣の中で産卵できるように鶏の巣を作ってあったり、雄雌一緒に飼っているので有精卵になったりします。
一般的な養鶏場では、鶏同士がつつき合うことを防止するためにクチバシ切除が行なわれますが、それも行なっていません。また、広く行われている強制換羽(齢をとって卵を産みにくくなった鶏に、また卵をたくさん産ませようと、水も飼料もしばらく与えない行為)も行なっていません。全国的に見ても非常に珍しい取り組みになると思います。卵は、生協や道の駅で販売しています。
日本では、バタリーケージ(A4サイズくらいの小さなケージ)に鶏を閉じ込めた状態で、飼料と水だけを与えて卵を産ませる方法が98.9%を占めています。EUでは2012年からバタリーケージの使用は禁止になり、アメリカやオーストラリアでも禁止の流れにありますので、日本で平飼い養鶏を広めることは非常に重要な取り組みだと思います。
なお、平飼い養鶏についてはFFPJの第41回講座でもご紹介いただいてますので、ぜひ合わせてご覧ください。
2.6 イタリアのスローな酪農―伝統品種と環境を守る
次に、イタリアのスローな酪農をご紹介したいと思います。イタリア北部で作られているパルミジャーノ・レッジャーノ・チーズ(日本ではパルメザンチーズと呼ぶこともあります)の事例です。このパルミジャーノ・レッジャーノ・チーズは、こちらの表にあるようにEUの地理的表示産品です。地域の特色を生かした産品として、EUのPDOという認証を受けています。そのため、一般のチーズに比べると、原料の生乳価格もチーズ価格も非常に高くなっています。
でも、実はこの地理的表示のパルミジャーノ・レッジャーノ・チーズの生乳の多くは、ホルスタインという品種の牛が供給しています。ホルスタインというのは、もともとイタリアにいた牛ではなく、オランダとドイツの国境あたりが原産地になります。日本にも多く導入されています。これは非常に泌乳量が高い、生産性の高い牛なので、パルミジャーノ・レッジャーノ・チーズの産地では、ほとんどの牛がホルスタインに置き換わってしまって、地元の伝統的な品種の牛が消滅しかかってしまいました。これではいけないということで、1990年代から伝統品種の復活に向けた取り組みが行なわれています。
その先駆けが、レッド種(バッケロッセ)の認証です。こちらは一般品に比べて(一般品といっても地理的表示産品なので高いのですが)、生乳価格もチーズ価格も高くなっています。もう一つ、ホワイト・モデネーゼ種(バッカビアンカモデネーゼ)という白っぽい毛並みの牛がいます。こちらは、イタリアのスローフード協会が認証するプレシディオ認証を受けていまして、品種の保護だけではなく、アニマルウェルフェアも非常に重視しています。乳牛の場合、子牛は大体生まれてすぐに母牛から引き離されます。母乳は人間がいただくからです。しかし、ここでは子牛は母牛と期間の定めなく一緒にいて、母乳を好きなだけガブ飲みできるという取り組みもしています。こちらも生乳価格、チーズ価格ともに非常に市場でも高く評価されています。
もう一つ注目したいのは、 山地ラベルという認証制度です。これはEUで法制化されていて、そのイタリア版がこちらの認証です。やはり平場と山地だと、酪農の生産性に非常に格差がありますので、それを補うために条件不利地域を支援するためのラベルになります。これもレッド種とホワイト・モデネーゼ種の間くらいの価格になっています。このように、さまざまなラベル認証で多様な品種の保護や動物福祉、山地の農業を守る取り組みが行われています。
2.7 フランスの小さな酪農―あえて搾らない酪農へ
最後は、フランスの小さな酪農、コンテチーズのお話です。コンテチーズもEUの地理的表示の認証を受けていまして、1,000年以上の歴史がある古いチーズですが、持続可能な酪農へ転換するために、2025年から新しいルールを作りました。
まず、フルタイムで働いている人1人当たりの飼える牛の数は、50頭を上限として制限しています。それから、牛1頭当たりの牧草や採草地の面積は1ヘクタールでしたが、さらに30%密度を下げて1.3ヘクタールに1頭に制限しています。さらに、搾乳ロボットの使用を禁止して、搾乳を1日2回にしています。それによって牛への負担が減り、牛がより長寿になることが確認されています。また、農場あたりの年間の生乳生産量も120万リットルに制限し、農場の大規模化にも規制をかけています。化学肥料の使用量も現行より2割削減します。それから、チーズ工房やチーズの製造所同士の合併・大型化も制限しています。このように、非常に小規模・家族農業に特化した、いわゆる生産力主義からの脱却を明確に表している事例かと思います。
期待される効果としては、環境保全、温暖化防止、アニマルウェルフェアの向上、それから働いている人のワークライフバランスの向上があげられます。それから、小規模だからこそ経営継承がしやすくなるということ、協同組合主義を維持できる、そして地域に根ざした高品質な生乳・チーズを生産できるということも期待されています。
ということで、ちょっと駆け足でしたが、事例についてお話してきました。
コラム:フランスにおける農業者向けの産休・育休制度
最後は、コラムについてご紹介したいと思います。フランスでは、1970年代から女性農業者の産休制度が導入されています(日本ではまだ導入されていません)。その後、だんだん産休・育休期間が拡大され、現在では最長で1年近く、11か月半のお休みを取れます。男性の育休にも使える制度です。産休・育休中は代わりの人を雇えるんですが、その費用は全額、農業社会保険制度(MSA)という制度でカバーできるという非常に画期的な制度です。特に畜産は、365日、場合によっては昼夜問わず家畜のお世話をする必要がありますので、こういう制度の存在は大きいと思います。
おわりに:持続可能な食を誰もが選べる仕組みへ
おわりに、小規模・家族経営やアグロエコロジー的な酪農・畜産というと、生産量が少なくなって価格が高くなるんじゃないか、そうすると結局お金持ちの人しかそういうサステナブルな商品は買えないんじゃないかという、そういう心配をされる方が少なくありません。それに対する答えとして、2つの取り組みについてお話したいと思います。
米国の補助的栄養支援制度(SNAP)
第一に、アメリカのSNAPという制度です。低所得の人に対して、1人当たり毎月5万円くらい食料品を買えるデビットカードを支給して、その人たちが食料を買うことで、農業生産者の収入確保にもつながるという、社会政策と農業振興策を掛け合わせた制度になります。これは、ファーマーズマーケットで有機食品を買うためにも使えますので、興味深いことにアメリカでは、所得階層による有機食品の消費に差が見られないということです。
フランスの食料社会保障制度(SSA)
第二に、フランスではさらに踏み込んで、食料社会保障制度(SSA)という制度の導入を100近くの自治体で導入しています。国レベルでも導入しようという声が高まり、法制化の議論もしています。これは低所得者層だけではなく、所得に関わりなく全世帯に食料を購入できる新たな「保険証」を配布する制度です。月額一人2.4万円くらい(今は円安が進んでいるので3万円弱)の食料を購入できることになります。これによって食の格差是正につなげようとしています。
この予算は自治体が管理し、住民の意見を反映して自治体ごとに購入できる食料を決められます。地元産、有機、小規模・家族農業の産品、伝統食品等の条件を決めることで、食品価格の高騰や経済格差に対応するとともに、農業経営の危機的な状況にも対応できると。さらに、中長期的に持続可能で公正な食料システムに移行するための後押しになると期待されています。今では、ベルギーやスイスでも同様の取り組みを導入する議論が始まっています。
ブラジルの家族農業支援
それから、こちらは私が先月、ブラジルのポルトアレグレで参加した学会の写真です。ブラジルでは今の政権のもとで、家族農業に対する支援策を法制化し、さらに農業大臣とは別に家族農業担当大臣のポストも作っています。学校給食等の公共調達で小規模・家族農業やアグロエコロジーの農産物・食品を優先的に調達することで、栄養不足の改善も実現しました。これについては、こちらの論文もご参考にしていただけたらと思います。
2026年「放牧地と牧畜家の国際年」
最後に、「アグロエコロジーと食料主権に根ざす」という団体が出版している英文誌『根ざす(Rooted Magazine)』というのがあるんですが、2026年、今年は国連の「放牧地と牧畜家の国際年」ということで、この雑誌の9月号がちょうど牧畜とアグロエコロジーの特集号になっています。ウェブマガジンとしてオンラインで記事を読むことができます。英語ですけれども、自動翻訳機能等を使いながら読んでいただけると嬉しいです。私がマイペース酪農について寄稿する予定です。
ちょうど時間になりましたので、以上で私の話は終わりたいと思います。ご清聴どうもありがとうございました。