FFPJ第39回オンライン講座「どう進める?オーガニック給食―世界の動向と日本のこれから―」が10月23日に開催されました。講師は愛知学院大学教授の関根佳恵さん(FFPJ常務理事)です。講座の報告部分の概要はこちらになります(資料はこちら)。
皆さん、こんばんは。愛知学院大学の関根です。市村さん、ご紹介、ありがとうございます。「どう進める?オーガニック給食-世界の動向と日本のこれからー」について、お話したいと思います。よろしくお願いいたします。
最初に自己紹介をしたいと思います。今、画面の右の方に出ているのが、今年の6月に農文協から上梓した私のブックレットになります。私は神奈川県生まれ、高知県育ちで、中山間地域の棚田に囲まれたところで育ちました。大学では農学を専攻して、大学院で農業経済学を学びました。小規模・家族農業やオーガニック、アグロエコロジーなどの研究をしていまして、2019年から家族農林漁業プラットフォーム・ジャパン(FFPJ)の常務理事を務めています。フランスに留学したり、国連でも仕事をしたりしています。この写真が南フランスのモンペリエにいた頃です。研究所と大学院が同じキャンパスにあるところに留学していたのですが、そこの食堂がオーガニック給食でした。オーガニックだけではなくてフェアトレードとか、そういうものを出すことをフランス政府が義務化しているという話を、当時聞いて驚いて、それがオーガニック給食に興味を持ったきっかけになりました。
こちらFFPJのウェブサイトです。まだご覧になったことがない方がいらっしゃいましたら、ぜひ訪問してみてください。今日の講座のあとで文字起こしもアップされると思います。この講座の動画は、YouTubeのFFPJのチャンネルで公開されますので、もしよろしければまた、ご視聴ください。
私は研究書以外にも子ども向け、小中学生向けの本、高校生から大学生向けのテキスト、一般向けの本なども出しています。今日のテーマ、オーガニック給食に関わる本、アグロエコロジーや有機給食、有機農業関連の書籍あります。
1.食と農をめぐる危機と有機農業への転換
*多重危機:対症療法よりも全身治療を
最初に、食と農をめぐる危機と有機農業への転換についてです。今、82億人の人類が地球にいますが、そのうち8.2%の方が飢餓の状態にあります。でも、食料の3分の1が廃棄され、食料システムから温室効果ガスの3分の1が排出されています。それから、日本ではあまり知られていないのですが、生物多様性喪失の原因の8割が農業にあると指摘されています。つまり農業・食料分野は、気候変動などの影響も受けますが、その原因を作る側でもあります。この食料・農業・農村分野を変えていくことで持続可能で公正な社会に移行して行ける可能性があります。
特に、給食の問題を考えるとき、格差の拡大がかなり重要なテーマになると思います。世界的に見ると、所得の上位10%の人が地球全体の富の76%、4分の3を持っています。ほかにも食料安全保障、食料主権、農業・農村の人口減少・高齢化など、本当に様々な課題があります。こうした危機に対症療法をするよりも、地球、人類、社会全体が抱えている根底でつながっている問題だと認識して、全身治療を考えていく必要があると思っています。その全身治療の具体的な一つの行動として有機農業への転換やオーガニック給食が位置づけられると思って研究しています。
*有機農業への転換
日本では有機JAS認証や有機農業推進法がありますが、2020年から農林水産省(以下、農水省)がオーガニック給食へ補助金を支給し始めたり、2021年にみどりの食料システム戦略のなかで、農水省が2050年までに農地の25%、100万ヘクタールを有機に変えようという高い目標を掲げるようになったという変化が出てきています。2022年には環境省のグリーン購入法が改正され、官公庁の食堂で扱う食材を地元産の有機にしようという流れも出ています。
一方で、昨年改正された食料・農業・農村基本法のなかでは、食料安全保障ということがかなり前面に出てきています。日本では、まだ食料を商品としてお金を出して買うということを前提として、国内生産と備蓄、輸入を上手く組み合わせて食料安全保障を実現すると言っています。この食料を商品とみなすことは当たり前だと私たちは思ってきたのですが、食料を基本的人権や権利の問題として捉えるべきなじゃないかという、国際的な流れに立脚して、オーガニック給食について今日は考えたいと思います。
*世界で広がる公共調達の変革
給食は、自治体や官公庁が農林水産物・食品を購入するという意味で公共調達になります。この公共調達のあり方を変革して、食料システム全体を変えていこうという各国の動きをご紹介したいと思います。これが持続可能で公正な社会に転換するための政策的なテコ(レバー)になり、歯車が回り出すとより大きなものが変わっていくと期待できます。
また学校給食は、以前から「自治の鏡」と表現されていて、その地域で提供されている給食の中身を見てみると、その地域でどのような自治をしているのかがよく分かると言われています。それから、国連の食糧農業機関(FAO)は、学校給食を「変革の主体形成の場」だと位置づけています。学校給食を良くしようという住民運動、地域運動に関わることで、自治のあり方も変えることができるという意味です。また、折しもコロナ禍、ウクライナとロシアの戦争、円安などによる物価高のなかで、学校給食を提供していた事業者が撤退してしまい、給食を提供できない自治体が出ているということもあり、この給食をめぐる問題が、今、本当にホットなテーマになっているかと思います。
*日本でも広がり始めた有機学校給食
実際に日本におけるオーガニック給食を実施している自治体数が、かなり増えてきています。農林水産省の政策の転換もあると思いますが、2023年時点で、278自治体、全体の16%、6つに1つの自治体が有機給食を提供しているという状況になっています。今日のお話では、有機、オーガニックを含めて、より幅広く「よい食」、あるべき食の姿とは何かということを考えた上で、公共調達でよい食を調達することの意味、役割を確認していきたいと思います。その上で、海外の取り組みから公共調達を変える、オーガニック給食を実現するために、どういう難しさや課題があり、それをどう乗り越えたのか、誰がどう行動したのか、法制度も含めて確認し、今後の日本のオーガニック給食の活動への示唆を得るという流れで見ていきたいと思います。
*原著論文等のご紹介
このブックレットの元になっているのが、こちらの私の原著論文(関根 佳恵 (Kae Sekine) - 世界における有機食材の公共調達政策の展開―ブラジル、アメリカ、韓国、フランスを事例として― - 論文 - researchmap)になります。有機農業学会の学会誌に2022年に掲載された論文です。あと補足ですが、今日のお話は海外の事例が中心にりますが、名古屋にある東海自治体問題研究所とオーガニックファーマーズ名古屋の代表の吉野さんと一緒に、2024年度から東海3県(岐阜・愛知・三重)の全自治体にアンケート調査をして、有機農業と有機給食の推進に関する取り組みについて伺いました。回答率は50%台位でしたが、その結果をまとめた報告書がこちらのQRコードか、URL(関根 佳恵 (Kae Sekine) - 東海地域における有機農業および 有機給食の推進に関する自治体調査報告書 - MISC - researchmap)からアクセスできますので、ご関心がある方はぜひご覧ください。あと2025年度は東海3県の6自治体にインタビュー調査をしてまして、その結果については、2026年2月末頃に報告会を実施したいと思っています。その情報は東海自治体問題研究所のホームページに掲載されると思いますので、よろしければご覧ください。
2.公共調達における「食」とは
*「よい食」の定義
公共調達における食ということで、よい食の定義について考えていきたいと思います。公共調達は、住民からの税金を使って、農産物・食品を買うことですので、よいものを買いたいということになるかと思います。ですが、よい食をどう定義するかというのは、けっこう難しい話なんですね。量的充足、味や鮮度に加えて、これはでは計測できる品質(安全性、栄養など)が重視されてきました。
近年はそれだけでは不十分だということで、五感で知覚できない、あるいは計測できないけれども重要な品質があるんじゃないかと考えられています。文化的な適切さ(伝統食、地域の固有の食文化など)、公正さ(その調達価格で農業生産者は来年も種を蒔けるんだろうか、再生産可能なんだろか、生産プロセスで人権や労働環境はちゃんと守られているのかなど)、このような倫理のような部分が重視されるようになっています。
もっと言うと、環境・社会・経済・統治(ガバナンス)のあり方を含めて、持続可能性を実現するような、そういう食が社会にとってよい食であると言えるんじゃないかと思います。ですから、具体的選択肢としては、地元産、地域の小規模な家族農業が作っているもの、中小の食品事業者が作ったもの、そして有機農産物・有機食品などになるのではないかと思います。
*公共調達の役割
学校給食などでよい食を公共調達することによって、いま支配的な「工業化された農と食のシステム」(農薬・化学肥料などによる環境問題、加工度が高い食品などによる健康問題を生じています)から脱却する道を開くきっかけを作ることができると思います。また、公共調達は、公共政策で変えられるので、私たちの1票で政治を変えることで変えていけますし、食育ということを考えると、かなり波及効果が大きいものだと思います。
*公共調達に「よい食」を導入する上で直面する5つの問い
ですが、実際にオーガニックとかよい食を学校給食などで調達しようとすると、反対が起きたり、抵抗を受けたりすることも少なくありません。そこで、直面することが多い5つの問いを挙げてみました。これは、海外でも日本でもかなり共通しているように感じています。
1つ目は「なぜ現状のままではダメなのか」という問いです。「今のままでいいじゃないか」ということです。2つ目は、「追加的な費用を誰が負担するのか」という問いで、やはり「オーガニック=高い」というイメージがあって、自治体は財政難だし、保護者は高い給食費を払えないという問題があったりします。それから3つ目に「安定的に調達できるのか」という問いです。特に日本では「生産量が足りないという問題をどうしたらいいのか」ということです。また、4つ目に「有機農業の技術をどうやって習得するのか」。そもそも誰も有機農業を教えてくれる人が地域にいないという問題があるかと思います。そして5つ目に、「政府が自由な市場取引に介入していいのか」という問いです。よく日本でも聞くのは、「オーガニックだけを優遇するのは、差別的扱いになって公平性を欠く」という指摘です。
・表1.有機給食・公共調達をめぐる2つのプラン(社会モデル)
こういう問題にどう具体的に答えを出していったのか、今日は事例を見ながらお話していますが、その前に表1をご覧ください。こちらは、有機給食・公共調達をめぐる2つのプラン(社会モデル)ということで、プランA、プランBとして整理しました。
プランAは新自由主義的な社会モデルで、食は私的財だ位置づけます。つまり、給食費は受益者負担で「払わざる者食うべからず」という発想になります。そういう社会において、有機は個人の嗜好品・贅沢品だと位置づけられます。それに対して、福祉国家的な社会モデル、プランBの場合は、食は共有財・コモンであると考え、給食費は無償、少なくとも応能負担にすることが多いです。そして有機も一部の人だけが食べられればよいということではなく、社会的必需品として、無償で全ての子どもたちに提供することを目指していくことになります。この表1を頭に置いた上で、事例の方に入っていきたいと思います。
3.オーガニック給食をめぐる動向
*ブラジルの取り組み
まず、ブラジルの事例です。私がローマのFAOにいたときに、同僚のブラジル人女性がこのテーマのプログラムを担当していたので、私も関心を持つきっかけになりました。ブラジルは「学校給食の革命児」のような位置づけで国際的にも有名です。2003年に、農業開発省が食料入手プログラム(PAA)を作って、病院・介護施設の給食の食材を地元の小規模・家族農業から調達し、アグロエコロジー(環境と調和した農法)で作られたものを優先するという方針を出しました。これをさらに発展させて、2009年に全国学校給食プログラム(PNAE)を教育省が作り、食材の30%を地元の小規模・家族農業から、アグロエコロジーを優先して調達することを全国で義務化しました。しかも、ブラジルでは学校給食は完全無償ということで、かなり世界的にも注目されて、EUや日本からも政府が現地視察に行ったそうです。
ところが、こういう政策は世界貿易機関(WTO)の自由貿易ルールに違反しているということで、ブラジル政府が国内のアグリビジネス(農業関連企業)から訴えられて、WTOから制裁金を課されてしまったということがありました。ところが、当時のルーラ大統領がスイスのジュネーブにあるWTOの本部に行って、「いやこれは人々、子どもたちの食料への権利の考えに基づいて実施していることなので、制裁金を課される言われはない」と反対弁論を行ない、最終的にWTOは制裁金を撤回し、ブラジル政府に謝罪する事態になりました。WTOにも公式に認められたということで、ブラジルモデルが、いまはアフリカ、アジアなど、世界各国に普及されています。
*アメリカの取り組み
アメリカでもオーガニック給食の取り組みが盛んです。沿岸部のワシントン州やカルフォルニア州で取り組みが始まり、その後、全国の主要都市に波及しています。2012年にカルフォルニア州のロサンゼルス学区で「よい食購入政策」が始まり、地元産、安全、環境に優しいなどをポイント制にして入札を行ったところ、大手のアグリビジネスが入札から撤退したということがありました。その分、地元の有機食品を作っているような企業や農家が入札できることになり、このモデルが全国に波及していきました。その後も有機を求めたり、遺伝子組み換え食品や農薬の禁止などを求める裁判、モンサントを訴える裁判などがあったりするなかで、やはりオーガニックが安全性の面でも必要だという認識を共有していっています。そのなかでも特に、マムズ・アクロス・アメリカのような保護者の団体がとても大きな役割を果たしたというところが特徴的かと思います。
*韓国の取り組み
日本のお隣の韓国でも有機(親環境農産物)の給食の取り組みが盛んです。1990年代末に学校給食改革の波が起こり、自治体直営で国産食材を使った給食を無償で提供しようという市民運動がソウルで出てきました。ブラジルと似ていますが、ソウル市を含む広域自治体も、WTO違反ということで韓国政府から提訴され、日本の最高裁にあたる大法院で争われる事態になりました。
結局、政府は方針を転換したのですが、ソウル市も国産を優遇するという表現を改め、無農薬で栽培した農産物の給食を求める方向に変わっていきます。そして、2012年に無農薬の給食のための条例をソウル市が制定し、2017年には無農薬の農産物の7割を小規模な農家から調達しています。2021年には、幼稚園から高校まで無償給食を達成したということです。
日本と大きく違うのが、自治体の直営自校式が非常に多く、100%となっている点です。日本は50%位です。無償化率も韓国では74.3%(2016年)に対して、日本は2018年頃は5%を切るぐらいでした。今、30%位まで増えています。
*EU・フランスの取り組み
・表6.EUにおける農業・食料政策の変遷
次にEUの事例です。ちょっと詳しく見ていきます。EUでも公共調達のあり方をずっと議論をしていまして、2017年に、公共調達で有機などを積極的に調達することを推奨し始めます。実はフランスなど、国レベルではもうすでに取り組んでいたのですが、EU全体に広まったかたちです。
大変興味深いのが、時を同じくして、EUの共通農業政策(CAP)で小規模農業の支援をより手厚くしていこうという流れが出てきます。ですから、環境を守ることと、小規模農業の支援という、FFPJが提唱しているような流れが、ヨーロッパではかなり前から進んでいたということになります。
そして、EUでは新グリーン公共調達基準が2019年に発表され、加盟国の任意ですが、公共調達に有機、フェアトレード、動物福祉などの基準を導入できることになりました。
・表7.フランスにおける有機農業と公共調達の動向
フランスでは、公共調達でオーガニックを調達して、国内の有機農業を広げています。その政策が功を奏して、有機農業の面積はEUでトップになっています。農地に占める割合としては真ん中あたりで、オーストリアがトップ、27%になっています。
フランスは、シラク政権のときに有機局という環境省と農務省の共同管轄の団体を作り、そこを中心にして様々な有機政策を省庁横断的に進めているという特徴があります。2014年には農業未来法でアグロエコロジーを推進したり、マクロン政権の2018年には新しい法律(エガリム法)を作って、2022年から公共調達の食材の20%以上(価格ベース)を有機、50%以上を高品質な食材にすることを義務化しています。
・図4.フランスの公共調達における有機食材率の推移(金額ベース)
実際に2022年初頭には、公共調達における有機食材の割合は20%に届かず、10%にしかなりませんでした。しかし、法律ができる前の2017年と比べると3倍以上に伸びていることが分かります。
・図5.フランスの施設別の有機食材率(金額ベース、2023年)
また、食材の有機率は、託児所で63%、小・中・高校いずれも目標の20%を大きく上回る状態になっています。最も低い介護施設でも19%ということで、日本から比べるとかなり高い状況です。
*フランスの有機農業の概況
現在、農地の10%以上、経営体の15%近くが有機になっています。有機食品を消費したことのある消費者は99%、毎日消費している消費者も13%います。統計の取り方が違うので単純比較できませんが、1人当たり年間のオーガニックの購入額は日本の12倍位です。有機公共調達は、有機市場全体の4%を占めていて、民間のレストランなどの調達2.5%を上回る大きな市場を創出しています。
意識調査でも、学校給食をオーガニックにしてほしいが90%。病院80%、介護施設77%、民間81%と、非常に一般市民の方が有機を望んでいることが分かります。このあたりは、やはり有機がなぜよいのかという情報がメディアなどを通して伝わっているところが大きいと思います。すでに有機食材100%を公共調達で達成しているような自治体もありますが、エガリム法ができる前は0~100%ということで、自治体によってかなりバラツキがありました。そういう意味で、20%という最低限のラインを国が決めたということだと思います。
フランスの公共調達は学校給食だけではなく、病院、介護施設や高齢者の配食、休暇滞在施設、それから興味深いのは刑務所で提供する食事もオーガニックにするという、とても徹底しています。
*フランスの学校給食の概要
フランスの学校給食は、学校で食べるか帰宅して家族と食べるかを選べるんですが、学校給食では自治体の直営と民間委託の両方があります。それぞれに自校式とセンター式があります。給食費のコストで見るとですね、今、1食10ユーロ位で作っていて、そのうち食材費が2ユーロ位となっています。
給食費の徴収は、定額制で親の所得に関係なく徴収している自治体が55%、傾斜配分している自治体は45%です。何段階に分けて傾斜配分するかというのは、自治体によって違いますが、パリ市だと10段階に分けていて、親の負担は1食22円から1,190円と、かなり差をつけています。ちなみに、私が住んでいる名古屋市の給食生産コストは、1食570円位(2018年時点)で、保護者負担となる食材費は226円位です。今はちょっと物価高でもう少し上がっているかと思います。
・表8.エガリム法で調達が義務化された高品質・持続的食材
エガリム法で公共調達が義務化された高品質、持続可能な食材というのが、これだけたくさんの種類あります。そのなかでも一番注目を集めたのがこのオーガニックで、最低限、食材費の20%を認証を受けたオーガニックのものにしましょうとなっています。
こちらは、実際の学校給食のメニューです。保育園の給食のメニューですが、月曜日から右の金曜日まで、どんなものが提供されるか一覧表になっています。この自治体は食材の3割位が有機になっていますが、例えばパンのところに「AB」という有機認証マークがついています。月曜日を除いて全ての曜日に複数のオーガニック食品が提供されています。
これは別の自治体の学校給食のメニューで、前菜と主菜、乳製品、デザート、パンのうち、緑の字で書いてある食材が全てオーガニックです。この自治体は食材費の8割がオーガニックになっているということです。同じ自治体では、オーガニックのおやつもほぼ毎日提供しています。
*フランスの取り組み:サルト県の事例
ここでは、人口14万人のルマン市というサルト県の県庁所在地の事例を掲載しています。ルマン市は、ステファヌ・ルフォルさんという、アグロエコロジーを推進した農業大臣が市長になった自治体です。ここでは、年間予算約2,500万円をつけて、給食の有機食材率を2%から30%に引き上げました。8.5ヘクタールの有機農場を自治体周辺に整備して、その費用を自治体が補助し、少量多品目の、学校給食に必要な有機野菜を、年間を通じて調達しているというところでした。
*給食食材費を抑える工夫
フランスでも多くの自治体で、オーガニックの割合を増やすと給食費、つまり食材費が値上がりすると、皆思っていました。しかし、フタを開けてみたところ、7割の自治体で値上がりしないか、むしろ食材費が減少したんですね。これはとても驚きです。なぜそんなことができたのか、お話を伺ったところ、やはりオーガニックにするというだけではなくて、旬の食材を使うようになったそうです。そうすると安くて栄養価が高いものが出せる。そして加工食品をやめて、素材から調理するようにしたということです。加工食品は値段が高いので、それを抑えたということです。
また、これはなかなか日本ではできないというお話を聞きますが、フランスではベジタリアン給食を推進しています。たんぱく源を多様化すれば、環境への影響も減らせるということで、肉や魚は提供量をグラム単位で減らして、卵や乳製品、豆類、全粒穀物や野菜などからタンパク質を摂取するようにしたところ、食材費が減少しました。また、食品ロスも削減する取り組みを行なっています。なので、今まで捨てていた分の食材費がかからないようにしたということでもあります。
・図6.人間と地球の健康のための食事
国際的には2019年に発表されたEAT-Lancet委員会が医学雑誌に発表した、人間と地球の健康のための食事(プラネタリー・ヘルス・ダイエット)が推奨されるようになって、学校給食にもこの考え方が取り入れられるようになっています。地球が持続可能で、世界で飢える人がいない、そして肥満に苦しむ人もいない、そういう栄養バランスの一つの例を示しているのですが、野菜と果物を50%位摂り、乳製品や肉、魚などの動物性タンパク質は合わせて6%でよいということです。こういうことが有機給食とも結びついて、推進されているというのが大変、印象的でした。
・図7.フランスの公共調達における有機率と食材費の関係
図7は、横軸に1食あたりの食材費(ユーロ)、縦軸に食材に占める有機の割合(%)を取っています。もし、有機率が上がるほど食材費が高くなるのであれば、右肩上がりの線上に分布するはずですが、実際には2ユーロに集中しています。平均で2.14ユーロ/食でオーガニック給食ができているということになります。
また、興味深いことに、有機食材率が高いところほど、1日当たりの提供食数が少ない、つまりセンター方式ではなく、小規模な自校式のような形でやっているところほど、有機の割合が高いという結果にもなっています。
*図9.ベジタリアン・メニュー導入の結果
ベジタリアン・メニューの導入の結果ですが、ベジタリアン・メニューの提供頻度が毎日の自治体、週1回、導入していないを比べたところ、食材費はやはりベジタリアン・メニューを毎日出しているところほど安いです。そして有機率は高く、それから価格が高い有機食肉の提供率が高いという結果になりました。非常に興味深いデータだと思います。
*学校給食を提供している様子
いくつか写真を見ていきます。これが実際の調理場です。こういう形でセルフサービスで子どもたちが自分の食べ切れそうな分量の盛りつけられたものを取っていくという形になっています。日本では子どもたちが自分たちでよそったりしますが、フランスは調理員さんがよそってくれます。こういうときに多めにしてとか、少なめにしてとか言うことができます。それから、メインが複数から選べるということで、そのうちの一つをベジタリアンの主菜にしていたりします。
これはですね、保育園の子たちが食べている食堂になります。日本では教室で食べますが、フランスでは食堂に移動して食べています。白い帽子をかぶっているのが調理員さんで、オーガニック給食について子どもと話しながら食べているところになります。子どもの反応を見たりして、次は調理をこういうふうに工夫してみようということもやっているそうです。
・図10.フランスの有機食材を安定調達する仕組み
有機食材をどうやって安定的に調達するかは大きな課題ですが、フランスの公共調達の仕組みでは、1か所、例えば農家さん1軒から仕入れているのではなくて、農家さんや出荷団体が作るプラットフォームから仕入れていたり、農業公社があったり、協同組合があったり、あと卸売市場でもオーガニックを扱っていて、そういうところから買っていたりして、複数の調達先を持っているということが分かりました。
こうした調達のネットワーク、マッチングをコーディネーター役の自治体が行なったり、有機農業生産者団体が行なったりしています。また、先ほど出てきた有機局という政府がアドバイスをしたりしています。あと、地方議員さんも、新規就農で有機を始めたい方の支援、相談を積極的に受けているそうです。これが、学校給食で提供するための少量多品目の野菜を作っているオーガニックの畑になります。こちらが地元の議員さんやジャーナリストの方がそのオーガニック給食のための畑を取材している、訪問しているときの写真です。
・図11.公共調達で「よい食」を調達するために必要なこと
公共調達でよい食を調達するために必要なことをまとめてみました。有機、アグロエコロジー、自校式、小規模・家族農業などです。ブラジル、アメリカ、韓国、EUなどでは、小規模・家族農業にかなり価値を見出して、積極的に支援するために公共調達、学校給食を使っているということも見えてきました。それから給食費の無償化、あるいは保護者の所得による傾斜配分が行なわれたり、ほかにも地元産、食育菜園、食の教育、食育ということと結びつけたりしていることも見えてきました。
これらをどうやって結びつけるかというと、やはり統治(ガバナンス)のあり方、地方自治のあり方というのが一つ鍵になると思います。そして、ブラジルやフランスのように、国家レベルで有機や地元の小規模・家族農業からの調達を義務化するような法律を持っていることも分かりましたので、日本にとっても参考になるかなと思います。
4.日本の今後の取り組みへの示唆
*5つの問いへの答え
最後に、まとめに入っていきます。最初に見ていただいた「よい食」を導入する上で直面する5つの問いへの答えをみていきましょう。1つ目、「なぜ現状のままではダメなのか」ということですが、特にアメリカの事例にみられたように、農薬や遺伝子組み換え食品の悪影響についてきちんと学術論文などに基づきながらメディアの報道などがなされ、社会の共通の認識にしていったというところが、公共調達を変えていく大きな推進力になっていたと感じます。
第二に、「追加的な費用を誰が負担するのか」ですが、やはり日本でも高い高いということが前面に出てしまっていますが、実は有機導入と併せて色々な見直し(食品ロス削減、ベジタリアン・メニュー導入、旬の食材の利用、加工食品を減らし素材から調理するなど)をすることで、かなり費用は抑えられることがわかりました。その結果、より健康的な食を提供することにもつながると思います。
第三に「安定的に調達できるのか」という点ですが、最初は「小さく始めて大きく育てる」ということが重要かと思います。全ての品目とか、1年を通して有機にすることを最初からやらなくても、1日だけ、1品だけ有機にするところから始めてみるとよいと思います。どうしても大きな自治体だと人数分、全員分、調達しなきゃと思いがちですが、センターごと、学校ごととという形で分けて小さく始めるということができるんじゃないかなと思っています。
第四に、「有機農業の技術をどうやって習得したらいいのか」ということです。今日時間の都合でお話できませんでしたが、EUでは、地域の篤農家から学ぶ農家同士の学び(ピア・ラーニング)を重視して、それを行政が予算面などで支援するっていうことをやっていたので、とても参考になるんじゃないかなと思います。
それから農家から公共研究機関・大学が学ぶことも重視されています。日本ではまだ、どうしても研究機関・大学が農家に教えるというトップダウン的なところがありますが、ここを共同する関係に変えていくことというのはとても大きなポイントになると思いました。そのためには教育改革というのも必要かと思います。
第五に、「政府が自由な市場に介入して良いのか」という点です。ブラジルと韓国の例で言うと、WTOルールに違反していると訴えられましたが、先人がこうした問題を乗りこえているので、今、我々は比較的そのあとを歩いていきやすい状況になっていると思います。特に日本では6次産業化とか地産地消法というのがありますし、それから自治体の中小企業振興条例などもありますので、地元の中小企業からの調達もできると思います。
*公共調達は社会を変革するか
最後に、公共調達は社会を変革するかということをみていきましょう。私は、冒頭に出てきた多様な社会問題、多重危機の状況を解決するための親鍵、マスターキーになるのがこの有機公共調達ではないかなと思っています。1本の鍵なんですけれども、複数の問題解決の扉を開けていくことができる、そういう可能性を持っていると思います。
この親鍵を使うかどうかは、私たちの政治的な意思で、今すぐ決めることができます。色んな先入観や慣習でできないと思いがちですが、そこは変えていけると思っています。フランスやブラジルの例のように、法制化による全国一律の義務化、無償化にも進んでいけると、さらによいと思います。表1で示した社会モデルのプランAかプランBか、どちらを私たちの未来社会にふさわしいものとして選び取るのか、オーガニック給食をきっかけに、皆さんといっしょに考えていけたらなと思っています。それぞれが当事者として、社会の変革、社会のチェンジに関わっていただけたらと思います。学校給食、公共調達を変えることは社会を変えることだと思います。
それではご清聴ありがとうございました。最後に参考資料を付けていますので、もし時間があればご覧ください。ありがとうございました。