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【報告】FFPJ連続講座 第2回 「小農・アグロエコロジー・食料主権の三位一体性」池上甲一

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FFPJ第2回オンライン連続講座が2021年4月18日、「小農・アグロエコロジー・食料主権の三位一体性」と題して行われ、FFPJ常務理事で近畿大学名誉教授の池上甲一氏が講師を務めました。以下は講座での池上氏の発言の概要になります。

講座の資料はこちらから。

みなさん、こんにちは。今日はFFPJの連続講座の第2回にご参加いただきまして、誠にありがとうございます。今日は「小農・アグロエコロジー・食料主権の三位一体性」というテーマでお話したいと思います。

今日は、これまでバラバラに考えられてきていた小農とアグロエコロジー、食料主権というのが、非常に深く関わっているということを説明したいと思っています。前回の村上代表のように農業実践をしているわけではありません。研究者という立場なので、どうしても学習という色合いが濃くなってしまいます。あまり面白くない理屈っぽい話になってしまうかもしれませんけれども、できるだけ具体的に話をしていきたいと思います。よろしくお願いします。

◆第2回講座の目的と内容

今日の目的ですけれども、一番目はまず小農。ここで言っている小農というのは、小農と家族農業をセットに考えています。その小農、それから食料主権、アグロエコロジーについて学ぶということ。その中で食料主権に比較的近いと言いますか、関連づけて理解されているフードセキュリティ、いわゆる食料安全保障とそれから食への権利についても少し整理をしておきたいと思っています。

この小農・食料主権・アグロエコロジーという3つが相互連関していて、三位一体的に考える方がいいんじゃないかということを理解していただきたいというのが2番目の目的です。ということで、ここに書いてあるような内容になりますが、できるだけ最後の三位一体性というところから、何を展望していったらいいのかということを考えていきたいというふうに思います。もちろん具体的にこうだという結論を持っているわけではありませんので、みなさま方といっしょに考え、実践していくためのヒントになればいいなというふうに考えています。

*小農、食料主権、アグロエコロジーの三位一体性

まず冒頭にこういう図を掲げてあります。小農・家族農業、食料主権、アグロエコロジーですね。私はこの小農・家族農業というのは、ものごとを行なう主体というふうに理解していて、これは何を目指すのかというと、食料主権の実現を目指している。実はこの食料主権と国連で進めてきている食への権利という考え方が、かなり近づいてきているというので、その食への権利、どちらかと言うと食べる側に基づく考え方、権利アプローチだと思いますけれども、これがひじょうに密接になってきているという意味で2つ、ここの図に掲げております。それで、食料主権や食への権利を具体的に実現していくための基盤としてアグロエコロジーというものがあるんだというふうに考えています。いま小農・家族農業がひじょうに国際的にも注目されている大きな理由の一つとして、SDGs、いわゆる持続可能な開発目標というものがあると考えています。これはまた、後ほど出てまいりますので、ちょっと頭に留めておいていただきたいと思います。

 

*小農・家族農業への注目

最初に小農、家族農業への注目ということでございますけれども、これを1つ1つ説明していると長くなってしまいますので、詳しい話はまたいずれ機会があればということにさせていただきます。

小農とか家族農業に国際的な舞台で最初に注目が集まったのは、何と言っても2014年の国際家族農業年の設置ということになるかと思います。この家族農業年を実施した後に、そこで1年だけで終えたらもったいないということで、いろいろな取り組みがあって、2019年に家族農業の10年というものの枠組みが決まってスタートしました。今年もう3年目になっておりますので、あと7年ちょっとしか残っていないということになっています。

それから2018年に小農と農村で働く人々に関する権利宣言、いわゆる小農の権利宣言というものができました。この中では、タネの権利でありますとか自然資源に関する権利でありますとか食料主権とか、ひじょうに新しい考え方がたくさん盛り込まれています。それからもう1つ、これは何と言ってもビアカンペシーナという国際的な農民組合のネットワークが中心になって作ってきた、国連の舞台で実現させたという意味を持っているというふうに思っています。

それからSDGsですね。これは国連とか、国連機関の食糧農業機関、FAOというところの舞台で進んでいる。それからヨーロッパでこの小農・家族農業への注目がいままでにないほど高まっています。あとですこしだけ申し上げますけれども、新しい共通農業政策、CAP(Common Agricultural Policy)と呼ばれているものですが、これが小農とか家族農業にかなり傾斜している。フランスの食糧農業農村森林未来法というのは、アグロエコロジー的な要素をひじょうに強く取り入れています。それから皆さまがたもご承知だと思いますけれども、農場から食卓へ、ファームからフォークまで、食卓というよりは実際に食べるフォークですね、食べるという行為にまで結びつけるという戦略、いわゆるF to F戦略というものができたりしています。これが小農・家族農業を強化する政策ということで進んでいます。

*転機となった開発のための農業に関する科学技術国際評価(IAASTD)の報告書

こういう動きが出てきた大きなきっかけになったものとして、私は2002年に始まった、世界銀行とかFAOが中心になったIAASTDというものの報告書が大きな役割を果たしたというふうに考えています。このIAASTDというのは、開発のための農業に関する科学技術の国際評価というものでございます。このIAASTDの報告書、グローバルレポートというひじょうに大部なものと5つのサブリージョン、サブサハラアフリカとかアジア太平洋とかような形の報告書が出ています。このまとめの報告書のタイトルが「岐路に立つ農業」というものでございます。タイトルからしてもひじょうに魅力的なんですけれども、そこで言っているのは、特にこのアンダーラインの部分でございますけれども、生計向上と公正さの面では小規模農業の方が優っている。高投入型の大規模農業ばっかりやってきたんだけれど、別の観点から見ると、小規模農業の方が優っているということを、特に大規模農業、効率性を追求してきている世界銀行のイニシャティブでさえ、こういう結論に立ち至っているということがひじょうに大事だと思います。

小規模農業に対する発展のためには、農業知識、農学、農業技術への投資が必要であって、そのときにアグロエコロジーがポイントを握っているということをはっきりと謳っているというところがひじょうに大きいと思いますね。この報告書を受けてベック(Beck)さんたちは外部からの投入資材に依存する工業的農業というのは、小規模農業に優っている、効率性において優っているという理解は神話に過ぎなかったという評価をしています。この報告書が出たのが実は2008年、公表が2008年で本になったのが2009年ということでちょうど2007年、2008年の世界の穀物価格の高騰のときにあたってしまったものですから、日本ではほとんど注目されませんでした。この報告書の執筆者には、日本のかたも2人関わっておられるんですが、そのかたたちもこれについて積極的に触れられませんでした。ちょっと埋もれてしまった宝みたいになっているので、京都大学の久野先生とか私なんかが一生懸命、これは大事だということを今、言っているところでございます。再評価すべき内容がたくさんあるというふうに思っています。

*国連家族農業の10年(2019-2028年)

それから先ほど申し上げた国連家族農業の10年ですね。冒頭の挨拶でもありましたように、FFPJはこの国連家族農業の10年のフレームワークに基づいて、家族農林漁業の強化を目指す、そういうための組織でございます。 

2019年にローマのFAO本部で立ち上げ式、記念式典を開きました。たまたま私も参加することができたんですが、この立ち上げ式には先住民とか漁民とか遊牧民、あるいは牧畜民などがたくさん出席していました。家族農業というものが持っている広がりや多様性を示していたというように思います。共通の認識は、現代の食のシステムというのは環境収奪的なんだけれども、小農・家族農業は環境的にも社会的にも持続性が高い。だからSDGsの成否を握っているというふうにも言っているわけです。

それで世界行動計画を作りまして、ジェンダーとか若者とか農村の強化とかですね、レジリエンス(resilience)という柔軟性、抵抗力の強化とかいうことで、7つの柱から成る行動計画を作っています。これをそれぞれの国の行動計画にしていくということになっているわけですね。これは今、私たちFFPJの優先課題になっていて、先般、この行動計画を作るためのアンケートを締め切ったばかりでございます。

*エデルマンによる小農の定義の整理

ここで疑問がわくのは、それでは小農、家族農業って何なんだということでございますけれども、これは実は国連の定義によるとほとんど重なっているというふうに理解して良いと思います。国際家族農業年のときに作られた国連の家族農業の定義というのは、ここに書いてあるんですが、家族労働力が中心だというところにポイントがあります。小農権利宣言の方ではペザント(peasant)という言葉を使っていますが、これは1人だけではなくて、他の人との共同、コミュニティーとして小さい規模で農的生産を行なっている。それで家族および世帯内の労働力、それから貨幣を介さないその他の労働力です。日本の伝統で言ったら結(ゆい)のようなものですけれども、結のような労働力に依拠して、大地に対して特別な依存状態、結びつきを持つ、こういう人たちのことだと言っています。家族労働力を中心として、その地域を大事にするという意味でみると、小農と家族農業というのはほとんど重なっていると言って良いと思います。

それで小農というのはいろいろな研究がなされております。ここに代表的な定義をいくつか挙げておりますけれども、日本では残念なことに農林水産省をはじめとして、ペザントというのは日本にはいない、小農というのはいないんだというふうに言っています。それは一番上の歴史的な定義というふうになっている貧困層、農業労働者、あるいは差別用語というような意味合いのものに限定してしまっている。ところが今、世界で使われているペザントという言葉は社会科学的な定義というところに書かれているような内容になっています。今日はあとでご紹介しますが、ファンデルプルフ(van der Ploeg)という人の「再小農化」あるいは新しい小農の議論では、自分たちのことを小農、ペザントと呼ぶ、自称だというところにひじょうに大きな特徴があるというふうに思います。また細かいところの説明は省きますので、後ほど参照していただければと思います。 

*「小農・家族農業」の理解

だから私はそういうことを踏まえて、小農というのは主体であり、農業の形態が家族農業で、ふたつを統合的にまとめて小農・家族農業と表現するのだというふうに理解しています。それで農業の面からは小という言葉にどうしても囚われてしまいがちなんですけれども、そうではなくて行動様式と原理が一番大事である。それでは行動様式、原理というのは何かというと、とにかく利潤第一というのではなくて、家族と地域、自分たちの住んでいる基盤となっている地域と家族の永続性を目指すんだ、そういう主体だというふうに理解すべきだと思っています。

それからもう一つ大事なことは、小農・家族農業というのは、農業だけにこだわっているわけではないということも大事な点かと思います。いろいろな歴史的な条件、地域におかれた条件に応じて、ひじょうに多様な形を取っているということですね。それから小農は大地の人々で、その地域、生活、文化と環境・生態系を維持する。だからこそ地域にこだわっている。自分たちの住む場所というものをひじょうに大事にするということでございます。

こういう幅広い大事な意味を持っているのに、先ほど申し上げたように、小農とか家族農業を狭い範囲に閉じ込めようとしてしまう。小農は日本にいない、家族農業は農業センサスの定義でいう家族経営というふうに閉じ込めようとしてしまう。そういう動きに注意しなければいけないと思います。

*再小農化・新しい小農の実践方向

もう少し具体的に小農というものを考える上で、新しい小農、昔の歴史的な定義とは違う、どういうふうに違うのか、どんなことをやっているのかということを考えてみようと思います。これは今、世界の小農研究というものの1つのモデルとなっているファンデルプルフという人、先ほど申し上げましたが、その人の考え方、これはかなり普遍性があるなというふうに思っています。一応、この三角形の図ですが、真ん中に近代的な慣行農業があって、これは先ほど申し上げたようにいろいろな問題を持っている。これを外側の三角形に変えなければいけないということでございます。

*再小農化/新しい小農

この図をちょっと文章化したものが次のスライドでございます。三角形はダイナミックで進化する実践というものを表現していて、内側の三角形は高度に専門化された、モノカルチャー化された一つの部門に専門特化した、そういう近代的な慣行農業を意味していて、立地する地域とか生態系とか景観とかにほとんど関心を示さない。だから農村発展には結びつかないという考え方でございます。

これを乗り越えるために3つの方向が考えられます。1つはディープニング(deepening)という方向です。これは京都大学の秋津さんたちが、その論文の中で高付加価値化というふうに訳しています。具体的に例示されているのは、有機農業であるとか高品質生産であるとか地域認証特産物であるとか農場加工とか直接販売とかですね。ここだけ取り上げてみると、日本で言っている6次産業化とどう違うんだということになりかねないんですけれども、これがここだけではなくて、特に第3の道、大地に根づくというところと結びついているというところが大事な点だと思います。もともと英語のディープは、深いですから農の意味を深化させるということで、必ずしも高付加価値化だけではないのではないかなというふうに考えています。

2番目の方向はブロードニング(broadening)です。ブロードは広げるということですね。これは多角化というふうに仮に訳していきます。景観とか生物多様性を活かすような農業、多様な農的なサービスの提供、これには農村という場が必須である。これの幅を広げるということなので、いわゆる多角化だけとはちょっと違う面があるのかなというふうに思っています。

一番大事なのは第3の道でリグラウンド(regrounding)、グラウンドは地面ですね。そこに「再度」という意味の「re」がついているので、大地にもういっぺん根ざすんだ、自然への依拠ということですね。自然への依拠というところがまさにアグロエコロジーとひじょうに深く関わっている点でございます。生態系の原理、地域循環に基づく工業的・科学的な投入を減らす。地域循環をすることで外側から持ち込む投入を減らすと、それで肥料を削減するんだ。それからの地域内でいろんな形の就業形態を取る。ここにあるような農場加工とか、ここにありませんが農家レストランとか、そういったようなものも多就業の1つとして捉えることができるわけでございます。

*北側諸国に見る再小農化/新しい小農

具体的にどんな展開をしているのか。それは南の話だけではないのかというふうに思いがちなんですけれども、決してそうではなくて、アメリカとかオランダでも、再小農化、新しい小農についての具体的な動きに関する研究がございます。アメリカの例だと企業的な農業者、そういう中にも自分たちの主体性をひじょうに強調する。それから自分の土地、場所性にこだわるとか、地域との協同生産を重視する、そういう農業者がいる。この論文を書いた人たちは、再小農化戦略というのは、企業的農業者をも巻き込んで現代的な課題である社会的な修復、分断とか格差とか貧困とかという問題でございますけれども、そういうものを修復する。それから環境的な修復に向けて進む可能性を示しているというふうに言っています。

それから日本では高額の投資をして施設園芸型の輸出ばっかりやっている輸出先進国として捉えられているオランダでございますけれども、そこでも地域を重視するいろいろな小農が存在していて、特に自然景観保全管理とかエネルギー生産とか福祉農業などの多面的機能型農業活動を実践しているというふうに、そういう結果が出ています。

それからオースチン(Oostinedie)という方の論文によりますと、平均していろいろなことを3つくらいやっています。3つぐらいの追加活動をしていて、そのことによって農場収入の40%くらいを得ている。こういう結果が出ています。オランダの場合には例えば福祉農業というときに、日本だと障害者との間との農福連携というのが一般的に考えられていますけれども、ちょっと違っていて、障害者も入りますが高齢者なんかも受け入れて、ケア農場、ケアファームというんですかね、そういうものに受け入れて、それを公的な保険からその利用料を払ってもらうという形態になっています。そういう制度があるということはひじょうに大きいわけですけれども、これは実は日本で今後の展開を考えていく上で、ひじょうに重要なポイントの1つではないかなと考えています。

*日本の新しい小農:「生き物農業」

日本でも、名前は新しい小農とか再小農化というように言っていませんが、実はひじょうにいろいろな、あまり新しいとは言い切れないかもしれませんけれども、慣行農業とは違った小農の動きがたくさんある。その内の1つとして、生き物農業というのがあると考えています。生き物農業はどちらかというと、有名なのはコウノトリ米とかトキの何とか米とか、そういうのが有名なんですけれども、それだけではなくて、もっといろいろな取り組みがある。一番有名なのは、こういうブランディングやマーケティング戦略にコウノトリやトキを使うということですけれども、こんな大物だけではなくて、シナイモツゴのような、これも一応、絶滅危惧種ですので貴重種という意味では大物ですけれども、そうではない普通の生き物でもブランディング的な価値を持ってくるようになってきている。まあ喜んでいいのか悲しむべきなのか分からないところもありまけれども、この右側にあるような、これは私の家の近くにあります道の駅の直売所で出ているお米ですけれども、カエルが遊んでいるとかトンボが飛んでいるとかということが1つのブランディングの柱になると、そういう時代になってきている。

ここだけに注目するとちょっと浮ついた感じになってしまうんですけれども、実はこれを実現するためにはちゃんと生育環境が保全されていなければならない。言うまでもありませんけれども、エサ場がなければならない。生き物の暮らす場がなければならないということで、有名なところでは冬水田んぼですとか滋賀県のゆりかご水田のようなものがありますし、地域全体として協定を結んで生育環境を守っているというようなところもございます。生産過程の一部を、生き物を使って代替する合鴨農法とか昔からやっている長野県で盛んでしたが水田養魚とかいうようなこともあるかと思います。合鴨やコイは美味しくいただけますので、食料の採集という意味もあるというふうに思います。生き物農業は生態系を重視して、重視するだけではなくてそれに依拠しなければやっていけないということでございますから、アグロエコロジーという面がひじょうに強くなってくるというふうに考えています。

*日本の新しい小農:「荒廃茶園の戦略的活用」

もう1つご紹介したいなと思っているのが、私の知り合いの奈良県の月ヶ瀬で有機のお茶をやっているかたですね。お茶はなかなか有機でやるのが難しいというふうに言われているんですけれども、このかたは放棄された荒廃茶園をうまく使っている例です。お父さんがもともとシイタケを使った有機農業をやっていたんですが、それを引き継いで日本茶と和紅茶とシイタケの複合経営になっています。

荒れた茶園を借り入れて、ほとんど里山化していたのですが、それを借り入れて46か所集めて、全部傾斜地ですが9ヘクタールくらいになっています。この荒廃茶園のササやススキを伐採して、お茶の樹の間に敷いてマルチという形で土をカバーします。それで施肥量を減らす。ススキも実は栽培をしていてそれもマルチにして入れていく。それで収穫量を減らす。マルチをすると施肥量が減らせるだけではなくて、土壌の流出も防ぎます。そういう効果も狙いながら収穫量を少し抑えて品質を良くするという方針でやっています。

この分散圃場をうまく生育段階とか品質とかをうまく組み合わせて分散させて計画的に利用する、ということで条件不利地を条件有利地に変えていく。その地域資源をうまく循環的に利用して自律的に自分の経営のやり方と合わせていくということをずっとやってきている。これはアグロエコロジーが強調してきている自律性とか地域資源をうまく使うということとピッタリ合致しているというふうに評価しています。

*食料安全保障と食料主権と食への権利:違いはどこに

時間があと30分くらいになりましたが、次は食料安全保障、食料主権、食への権利の違いはどこにあるのかということに重点を置きたいと思います。

*フードセキュリティ(食料安全保障)

フードセキュリティというのは食料安全保障と訳されることが多いのですが、安全保障という言葉から分かるように、国家安全保障と同じような文脈で使われてきています。つまり、国を単位としている。国を単位として食料増産を図るというのが当初の食料安全保障の考え方でした。これがいわゆる緑の革命という形で、高収量品種と化学肥料と農薬を使った、それから大規模灌漑という形の環境収奪的な農法に結びついていくことになります。

だんだんとそれに対する批判も出てまいりまして、食料安全保障の概念が少しずつ変化をしてきて、特に1996年の世界食料サミットのときに出ましたローマ宣言で、国ではなくて個人、世帯に注目する。それから食料安全保障を脅かす要因として、貧困とかジェンダー格差とか人権侵害というものに触れるということでかなり大きな路線の変更があったかというふうに思います。同様にこういう動きを受けてFAO自身も入手可能性とか、食料があっても経済的にちゃんと入手できるかどうか、それから食料の栄養と健康という面、それから安定性という面の4つの面から規定するというように変わってきています。しかし、変化はあるにしても国単位という考え方がまだベースにあるということは強調しておかなければいけません。

*食料主権運動誕生の背景

次に食料主権運動ですけれども、これはラテンアメリカの小農が主導して始まりました。ラテンアメリカの歴史的な条件によって、小農が自分たちで生きていくためにどうするかということで生まれてきました。それまでの大規模な産業的農業が生み出してきた農民不在の農業に抵抗する。産業的な農業に対して自分たちの農を復権させるんだ、というところから始まったということでございます。

*食料主権論の生みの親:La Via Campesina

これが運動として世界に広がるのに大きな役割を果たしたのが、先ほども申し上げました小農の権利宣言にもひじょうに大きな力をつくしたビアカンペシーナという農民組合の組織でございます。日本の農民連もこのビアカンペシーナの一員になっています。

ビアカンペシーナは1992年に生まれました。食の基盤と生命を保証すること。それが農的なコミュニティーの仕事である。政策決定における本当の参加を求めるということで運動を始めまして、93年にベルギーのモンスというところでこういう宣言(モンス宣言)を出しました。生態的永続性と社会的正義、それから自律性、自己決定権。これはひじょうに重視されています。多様な農業、農業政策を決める権利。このときにはアフリカ、オセアニアを除く世界の農民組合が集まってきたということで、ほぼ世界化されたと言っていいと思います。この食料主権論が先ほど述べたローマ宣言でも公式化されたことになります。このアンダーラインをしてあるところですね。食の基盤と生命の保証、それから政策決定への参加、生態的永続性と社会的正義、自律性、多様な農業、農業政策を決める権利。こういうのが食料主権のエッセンスであると言って良いと思います。

*食料主権の現在

現在、食料主権というのがどんなふうに考えられているかということでありますが、真嶋(良孝、農民連常任委員)さんによりますと、すべての国と民衆が自分たち自身の農業政策だけではなくて食料も含めた、食料農業政策を決定する権利であると言っています。平たく言うと、何を食べるのか何を作るのかということを自分で決める。それは健康と環境への影響、社会文化的な背景を踏まえるということで、食べる側の論理と作る側の論理がだんだんと統合する方向に向かっているんだということかと思います。

*「食への権利」

もう1つ、食への権利ですけれども、食への権利というのは、そもそもは1952年に作られた世界人権宣言に基づくというふうに言っていいと思いますけれども、まさに基本的な人権として考えられてきていて、これは実際に国際人権法や人権規約に基づく法的な権利であるというところがひじょうに大きなポイントかと思います。したがって政府は履行義務があるわけです。一応、ここにあります3つの柱(Availability、Adequacy、Accessibility)が食への権利として重要だというふうに考えらえています。

こういう基本的な考え方が1996年のローマ食料サミットで、「適切な」というのが付きましたけれども、適切な食への権利の再確認、強調というふうになりました。

*「食への権利」決議

それがなかなか実現されていないという現状の中で、21世紀に入ってから国連総会、それから国連の人権理事会で食への権利というものが何度も繰り返し決議されています。2001年から2008年までは毎年、2010年から2016年までは2年おきに食への権利の決議がされていて、2016年の決議では47の主文になっています。食への権利決議というのは、自由貿易路線、WTOとかFTA、世界貿易機関流の自由貿易とか自由貿易協定のような方向に対する反対、もう1つは食料援助という形で存在している域外義務、自分の国土以外のところに対する義務というものに対して懸念があるというところからも始まったのですけれども、これから食への権利についても特別報告というのが行われるようになります。

*国連特別報告者制度

特別報告というのは国連の1つの制度でありまして、あまり聞いたことがないかたもいるでしょうから、少しだけ紹介したいと思います。国連の人権委員会、現在の人権理事会ですが、その勧告で創設されました。いろんな人権に関連する問題について調査、監視、勧告をする。政府組織から独立した中立的な個人ということで行なっています。ですから環境に関する問題とかジェンダーとか貧困とか、それから民族差別とかいう問題について勧告をしています。

最近のところでは日本の入管制度に関する勧告が出されまして、日本政府は、それは誤解であるという反論をしていましたけれども、現在のような改正入管法とか外国人労働者の取り扱いに関してもこの特別報告者制度が大きな関心を持っているところかと思います。

食についても食への権利特別報告というのが何回か行われていまして、食料主権が示す新しいオルタナティブモデルを作るんだということと食料主権は社会運動であるということを明言しています。歴代の特別報告者はここに書いている人たちですけれども、このジャン・ジ・グリエール(Jean Zie gler)という人が次に出てきます。それからファクリ(Michael Fakhri)というかたは現在やっているかたです。

*食料主権論と食への権利の出会い

先ほどから何度も出てまいりました1996年の食料サミット、ローマ宣言のときにかなり先進的な変化があったのですが、その5年後の会合に実は逆転してしまうような動きが生じました。どういう逆転かというと、飢餓の克服には自由貿易とバイテクと、これを強調する方に舵が切られました。このときにちょうどやっていたNGOフォーラムがこの変化を批判して、このことが食への権利に影響していきます。食料主権がいままで行なってきた小農の運動というところから、もう少し幅の広い食料主権論というところに変わっていったかというふうに思います。 

このような結果があとでご紹介しますニエレニ宣言でございます。これは食料主権と食への権利とアグロエコロジーを強調している宣言です。ここの食への権利に影響したというところが、ジャン・ジ・グリエールによる食への権利特別報告でして、この時に食料サミットのこういった変質を批判して、ここで強調されている自由貿易やバイテクというのは、むしろ食への権利を妨げるものであるという批判をしています。

昨年、4人目の特別報告者のファクリさんが中間報告を出しました。これをFFPJの事務局をされている岡崎さんが仮訳をしていますので、いずれFFPJのホームページにもアップできるのではないかなと思っていますけれども、そのさわりといいますか一番のポイントは、食への権利を政治経済、環境の観点から理解し直すための原則と制度にする。国際貿易に人権原則、尊厳、自給、連帯という3つを指摘していますが、人権原則を盛り込むべきである。人権原則を踏みにじるようなWTO農業協定というのは段階的に廃止すべきであるという、そういう中間報告を行なっています。

*2015年のニエレニ宣言

ニエレニ宣言はここに書いているとおり、アグロエコロジーを単なる道具として使うようなやり方、技術のセットに留めるようなやり方とは違うということ。それから本当の危機の克服方向というのは、産業的農業にいかに適応するか、いかに順応するかということではなくて、それを根本的に転換し、ローカルな食料システムを作っていくこと。本当のアグロエコロジーは小農による生産だというふうに言っています。 

*食料安全保障と食への権利を比較してみると

この3つを比較してみると、食料安全保障は法的な義務ではなくて、カバー範囲が食への権利よりも狭い。食への権利は尊厳をもって食べることを国が保障する義務というものを課しています。食料主権はどちらかというと、作り手である小農、家族農業の権利確立が起点であった。現在は食べ手との協力関係がひじょうに重要であるというふうに変わってきています。

*食料安全保障・食への権利・食料主権の関係

というので、ちょっとポンチ絵みたいにしますと、最初、一国主義的な食料安全保障があって、これがだんだん薄れてきて、ローマ宣言以降は世帯、個人の食料安全保障というものが重視されるようになってきた。一方で食への権利というのは世界人権宣言以降の普遍的な課題であり、これが2000年代以降、食への権利決議という形で繰り返されています。

もう1つ、食料主権、ビアカンペシーナの誕生をきっかけとして、1990年代以降、世界的に広がっていきます。これが2000年代以降、食への権利と結びつくことによって新しい展開が見えているというふうに整理することができようかなと思います。

*アグロエコロジーとは

次にアグロエコロジーですけれども、先ほどから述べているIAASTDは実は、小農がきちんと発展するためのカギはアグロエコロジーだというふうに言いましたが、実はこの2009bというのはラテンアメリカの報告書なんですけれども、そこでアグロエコロジーをひじょうに強調しています。というのもアグロエコロジーがラテンアメリカで始まったということが影響しているのですが、それは英語だけで申しわけないんですけれども、慣行型で生産力主義的なやり方、現在の主流のやり方ですね。これをいかにサスティナブルなもの、永続可能なものにするか、ということで、そこにいろいろ中間的な形態があり、政府のサポートとか、それから伝統的、あるいは先住民の知恵と仕組みをうまく取り込んで、アグロエコロジーのシステムを作るということによって変わっていくんだという道筋を示しました。 

*アグロエコロジー運動の高揚:南米

それで南米でこういうアグロエコロジー運動が高揚して、今や社会を巻き込んで政治を動かすことになっています。エクアドルでは農業生物多様性・種子・アグロエコロジー有機法というのができているようです。私はラテンアメリカのことはよく分かりませんので、これはラテンアメリカに詳しい印鑰さんのブログから借りたものでございますけれども、ニカラグアではアグロエコロジーと有機生産の供給法というのができている。ブラジルでは民主運動や土地なし地方労働者運動が母体となって、アグロエコロジーと有機生産物のための全国計画というのができたようです。これが今、政権が代わっているのでどんなふうになっているのかというのはきちんとフォローできていませんけれども、少なくとも一時期はこういう体制ができたということでございます。

*アグロエコロジーの代表的な定義

アグロエコロジーというのはいろいろな考え方があります。ここにいっぱい書いてありますけれども、昔からある考え方、最近の考え方ですね。関心のある方はあとで見てください。これはあくまでも参考のための表として掲げました。

*アグロエコロジストの主張にみる共通性

ここに書いてあるようなアグロエコロジストはどういうことを言っているかというと、大事な点は、アグロエコロジーは単なる技術ではない、あるいは単なる農法ではない。社会経済的なパラダイム転換を求めるということですね。とは言っても、技術はもちろん重要なので、その技術の側面というのは、地域の生態系を模倣した農業生態系を作るということ。これを壊すような農業形態というのはアグロエコロジーとはまったく反するということになります。

それからこのアグロエコロジーを実行していくということは、いろいろな科学、それから農業の実践、社会運動を統合するものがアグロエコロジーだというふうに言っています。だから農業だけではなくて、市民社会組織やビアカンペシーナというものを通じて、農民政策レベル、消費者にも世界的には浸透してきています。現代の産業的食農システムに対抗して、農民の主権をひじょうに強調している。それから世界経済の仕組みを変えるということ。伝統知と科学知を結びつけるということ。こういうところが共通しているというふうに思います。日本はアグロエコロジーという考え方はまだあまり知られていないし、広がっていませんけれども、実践としてはすでに有機農業運動、産消提携、あるいは自然農法っていうのが半世紀以上の歴史を持っていますので、いろいろ提言することができるかなというふうに思っています。

*FAOの変化:アグロエコロジーへの傾斜

FAOもこのアグロエコロジーにだんだん関心を持ってきていまして、最近では、現行の食料農業システムはひじょうに問題で、アグロエコロジーこそがその転換を実現し得るんだ、アグロエコロジーというのは農民が主役のアプローチだというふうに言っています。

2014年に国際シンポジウムをやり、そのあと地域でシンポジウムをやると。こういうシンポジウムなんかの結果を受けて、10の要件というものを作りました。

*FAOによるアグロエコロジーの10の要件

実はここにはアグロエコロジーをずっと研究してきているアルティエリ(Miguel Altieri)という人の考え方とそれからピーター・ロセット(Peter M .Rosset)という人の考え方が反映されていますが、結果的にこの10ですね。10の要件を打ち出してきています。これを1つひとつ説明すると長くなりますので省きますが、この3つ、人間的社会的価値、文化、食料に関する伝統というものは地域性に左右されるというふうに言っていいと思います。それから責任ある統治と循環的連帯経済というのは政策環境に関係する内容かと思います。ほかの6項目はアグロエコロジーの持っている特徴ですね。多様性とかですね。知識を一緒に作って共有していくとか、外部からの投入を減らすとか、こういう特徴と革新性を意味していると、こういうふうに考えています。

*EUに広がるアグロエコロジー

ヨーロッパではこのアグロエコロジーの考え方が広がっていて、イギリスでは2013年にアグロエコロジー連盟が発足しています。フランスは先ほど申し上げたように法律にしていますし、共通農業政策にも入れようという考え方を持っています。それからEUでは国際有機農業連盟もアグロエコロジーの推進を決定しています。CAP(共通農業政策)には小規模家族農業と関連づけてグリーン化支払いとか環境景観生態系保全を重視する直接支払いとか小規模農業の支払いとかいうものを充実するというように変わってきています。

それからアメリカでも世界アグロエコロジー連盟というのが昨年できたばかりでございます。

*EUにおける政策動向と農業

EUではアグロエコロジーが強調されるようになってきたのは、世界全体の動きと連動していると思います。1つひとつの説明はできませんけれども、欧州版のグリーン・ディールとか循環経済とか脱炭素経済とかを求めていくという、そういういろいろな動きがあります。投資家に対してグリーンな産業業種を分類するタクソノミー(Taxonomy)というのがありますけれども、農業の分野にも踏み込んでいて、資源を永続循環的に利用しているか、環境を汚染していないか、温室効果ガスを出していないか、というようなことを含めたリアルコストを計算すべきだというような専門家の意見も出てきています。

ここにありますサスティナブルファイナンスというのがタクソノミーのグリーンというところにひじょうに密接に関係しています。農業は先ほど申し上げたFtoFとかですね、今、日本の農水省が打ち出そうとしている、「みどりの食料システム戦略」というのも、一応、これを意識はしています。次の講座のときに久保田さんから言及があるかと思います。

*日本でも関心を集め始めたアグロエコロジー

日本でもアグロエコロジーというのは多少、関心を集めてきています。本質的ではありませんけれども、多少、関心を集め始めていて、農水省も実は2014年にこういう研究会(「環境保全型農業センスアップ戦略研究会-アグロエコロジーな社会をデザインする」)をやりましたが、アグロエコロジーというのが出てきているのはタイトルだけで、中身には何も書いていませんでした。今どうなっているか分かりません。それから雑誌で『月刊フランス』とか『農業と経済』とか『家の光』で特集が組まれています。保守的な農業雑誌の家の光でさえアグロエコロジーを特集するというような時代に移ってきている。ただ月刊フランスのアグロエコロジーは別のものでちょっと違いますけれども。

*アグロエコロジー概念の拡大と進化

それでアグロエコロジー概念というのが科学としてのアグロエコロジーと農業実践と運動という3つの側面を持っていますが、これがどんなふうに変わってきたか、広がってきたかという図でございまして、今は科学という面から見ると、小さい圃場だけではなくて、食料システム全体を対象としているということ。農業実践という面では、環境保全型農業だけではなくて、それをもっと変えていくパラダイムを実践するんだという方向に変わってきています。中身のベースとなっているのは、在来農業知とか保全農業とかパーマカルチャーとかSRIという稲作の技術でありますとか有機農業とかというようになっています。運動では同じように永続可能な農業と食料システムを求めるというふうに変わってきております。

*アグロエコロジーの技術的実践

これからのアグロエコロジーは多様性、環境だけではなくて、経済・社会・文化を含めた多様性が前提になっていくということ。それから生産者と消費者の主体性の向上を目指すというふうに思います。目標は現行の食料、農業システムで破壊されてきたものを取り戻すんだということかと思います。実践は永続可能な農業と食に転換していく。それから科学は生物学だけではなく、いろいろな自然科学、いろいろな社会科学を含めてこの多様性を前提とした永続可能な農業と食料に転換するためにデザインを考えていく。それで永続性と社会的公正を求める運動を強化していくということになるかと思います。

アグロエコロジーの技術的な実践ですが、多少はあった方がいいかなと思いましてスライドに入れました。アグロエコロジーの技術は特に耕地生態系の原理ですね。生命原理というのを重視している。だから相互依存関係が大事だということ。どうやって生き物の力を引き出すのか。そのポイントの1つはやはり多様性、循環、関係性、総合性ということで、部分的に何かを取り出してくればいいんだということではないと思います。間作とか混作とか家畜の有畜経営、あるいは地域内の家畜との複合経営でありますとか、地域内での物質経済循環とか、こういうのが今まで有機農業とかでさんざんやってきたことでありますけれども、改めて評価することが大事かと思います。地域資源を熱や発電とかも含めて複層的に利用するということもアグロエコロジーの技術として大事かなと思います。里山の利用というのももう少し再評価してもいいかなと思いますね。先ほど申し上げましたけれども、水田養魚とかアグロフォレストリーとか、林間放牧とか山地酪農とか、こういうようなものはアグロエコロジーの技術としてふさわしいと思っています。こういう動きは効率性や利潤重視の資本主義的な経営ではやはり難しい。小農、家族農業でなければできないことだろうと思います。

◆まとめ:小農・食料主権・アグロエコロジーの三位一体性

これが冒頭で出てまいりました3つの側面を貫いている図で、この基盤と主体との間の関係性として重視するのが物質循環、生命循環、多様性である。物質循環というのがよく重視されていますけれども、生命循環ということもあとで申し上げますが、大事だろうと思います。それから普通社会との関係でいえば、経済循環と社会的な多様性、関係性がひじょうに大事になってくる。作ったものは売らなければなりませんが、それはその地域を遠く外れた輸出とかではなくて、地域の市場であったり、環境とか文化とか人権といったことを重視する倫理的な消費というところと結びつけていく。ここをいかに大きくしていくかということが課題かなというふうに思っています。

*小農・食料主権・アグロエコロジーの三位一体的対応が大事な理由

三位一体的な対応が大事な理由は、あまり申しあげる時間がなくなりましたけれども、現行の産業的食農システムというのが一見、安くて、どこへ行っても同じようなものが食べられて、簡単でいつでも食べられる。一見、世界中の食べ物が手に入っているというふうに見えるけれども、いろいろな大きな問題を抱えている。これは今日の講座にこられているかたたちは十分、承知しておられると思いますけれども、こういう問題があるということを周りの人たちにいかに広げていくかということが大事かというふうに思います。

アグロエコロジーを含めて三位一体的で考えていくときには、今の農業が外部資源の多投入、エネルギー多消費、社会的な不公正、文化的・生物多様性が減少している。国際経済というか貿易制度が国でさえなかなかコントロールできない。産業的な食農システムを支えている科学技術、遺伝子情報を重視するバイオテクノロジー、遺伝子編集とかいうような問題。すべて産業的な食農システムに適合的な形になっている。ということは、大学での教え方ということも問題になってこざるを得ないということになると思います。

絶対的な損失、身体性が破壊されていく。つまり最悪の絶対的な損失は死んでしまうということですけれども、そういう死んでしまうということさえも起こり得る。遺伝的な損害、改変が行われていくということも大きな問題になると思います。生命原理を破壊する、それを克服する道として三位一体的な対応が重要であるというふうに考えています。 

*食料がコミュニティの中心

食料主権論とアグロエコロジーは南米において底辺からの民衆運動として成立しましたが、それが国境を超える農民運動によって地理的、社会的、政治的に自分たちのポジションを拡大してきています。食料主権のモデルというのは伝統的知識とアグロエコロジー的農業実践によって広がってきている。食料がコミュニティーの主権の中心である。コミュニティーは何をどのようにいつ、誰とともに食べるか。食料を通じ、仲間とお互いに生を祝うという、そういうものとしてファクリさんが位置づけています。その舞台としての土地、場所性がこの食料主権の根拠であるということでございます。

*協同組合潰しに抗して

ファクリさんの言葉を借りると、権利アプローチですね。尊厳・自給・連帯というのがひじょうに大事だと言っています。連帯、互恵社会とか協同組合、私的利潤よりみんなの必要性というのは、いわば日本の村の自治という面で見たときに、作ってきたものでありますし、盛んに進められている協同組合潰しに抗していく、協同セクターの狙うところでもあります。そういうところを何とかして力を取り戻すということが食料主権を強めていくという上でも大事なことかと思います。

*生命の循環

それからもう1つの多様性・関係性・循環というのは、生命原理としてのアグロエコロジーの面に関係していると思います。物質循環というのは物の炭素循環とか窒素循環とかという形で目に見えやすいんですが、実は生命の循環ですね、わかりやすく言うと、タネを播いて、ちゃんと成熟して死ぬというのは、それが次に繰り返されていくということですが、それぞれの季節性というものに左右されてくるわけですね。その生命の循環を損なわないような農業のやり方をしていく。それから食べ方をしていくということが、三位一体的な実践の具体的内容になるということであります。

*Thank you for listening!

最後のこの写真は私の調査している南アフリカのブッペンタールというところの小農たちの作っているルイボス茶の加工現場です。このカッターでルイボスという野生の、栽培もありますが、そのルイボスという灌木の枝を粉にして、これを自然発酵させてお茶のようなものにするという取り組みです。あとのは参考文献ですので、どうぞまたご参考にしてください。ということで、以上で少し時間を超過しましたが、話を終わりにしたいと思います。

どうもご清聴ありがとうございました。